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魔法使いの弟子  作者: りく
第2章 風の魔法使いの弟子
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風の魔法使いの弟子・5

 収穫期を迎え、真っ赤に熟したマーナの実を摘み終わると、カルナリスは畑に仰向けに横たわった。

 眩しい太陽の光に、彼女は目を細める。


 理の塔の横に立つ、みすぼらしい小屋の裏にある、こぢんまりとした畑の中で、穏やかな陽光を浴びて、カルナリスは満足そうに微笑んだ。

 籠に一杯のマーナを一つ取り出し、灰色のローブの裾で簡単に拭いてから、大きくがぶりとかぶりつく。


 じわっと口いっぱいに広がる果汁。

 微かな酸味と、後を引かない爽やかな甘み。

 太陽の光をたっぷり浴びて育った、自然の旨味。


「うん、うまっ」

 思わず呟いて、彼女はもう一口かぶりついた。取り立ての果実は、最高に美味しい。

「……ずるい」

 急にカルナリスの上に影がおり、同時に降ってきた声に、カルナリスは飛び上がる寸前で押し止められた。


「危ないなあ、ルナ。

 ぶつかるじゃないか」

「驚かす師匠が悪いんですよっ!

 もう、何がずるいんですか?」


 ゆっくりと起きあがるカルナリスを覗き込むようにして、いつの間にやってきたのか、彼女の自称師匠のキーアが立っていた。


「ずるいって、これだよ、これ」

 そう言うと、キーアは自身の薄汚れた灰色のローブの裾で、乱暴にカルナリスの口元をぬぐう。

「うわああ、何すんですか師匠、き、汚いっ」

「汚いのはルナもだろうが。っていうかお子様?」


 べっとりと赤い果汁の付いたローブを見せて、キーアはにやりと笑う。


「お、お子様あ? 師匠にだけは言われたくないっ!」

 がばっと両膝を抱き込むようにして、カルナリスは俯いた。


「ルーナ?」

「知りません!」

「ルナ、ルーナ?」


 キーアがつんつん、と肩を突っつくが、カルナリスは一向に顔を上げようとしない。


「お子様だなんてお子様だなんてあんまりだ。一人じゃご飯も作れない、後片づけもろくに出来やしない、トイレに行っても手を洗わない失格人間のくせに」

「ちょっとルーナッ」

 手は洗うって、と呟くキーアの声はカルナリスに届かない。


「そんな人にお子様って言われた。お子様だって。

 じゃあお子様に面倒みてもらっている人って何者? 師匠じゃない。絶対師匠なんかじゃないもん。ちょーお子様ってことじゃない」


「あー、ごめん、ルナ」

 どっと疲れに襲われたキーアは、カルナリスの横にしゃがみ込むと、諦めたように謝罪の言葉を口にした。


「はい」

 俯いたまま、カルナリスはキーアの前にみずみずしいマーナの実を差し出す。

「しょうがないから許してあげます」

「うん。ありがと」

 カルナリスが顔を上げ、キーアの顔を覗き込むと、にこりと笑った。


やっぱりまだまだお子様なんだよなあ、と心の中で呟きながら、キーアはマーナにかぶりつく。

 じわっと広がる果汁。

 カルナリスが丹誠込めて育てた実は、甘くて美味しかった。






「随分摘めたね」

 籠を抱えてキーアの小屋に向かって歩き出したカルナリスの背に、キーアは声をかけた。

「そうですね、これ、塔長と、ディオス先生とマルクト先生に差し入れしても良いですか?」

 カルナリスは足を止め、全く手伝おうとする様子のないキーアを振り返って尋ねる。

 畑の世話をしているのは、ほぼ99%カルナリスだったが、畑の所有者はキーアなのだ。彼女の一存で収穫物を配るわけにはいかない。

 しかし、こんなに一杯の実を、キーアとカルナリスだけで食べられるはずもなく、いつも収穫の時には塔長に差し入れをしていた。塔長はマーナの実に目がない。


「ディオスとマルクトに?」

 重い腰を上げながら、キーアが呟く。

 静かな声に微かに不愉快そうな響きが混じっていることに、鈍いカルナリスは気付かなかった。

「はい、ディオス先生にはすっごくお世話になったし、マルクト先生にはこれからお世話になるわけだし」

 にっこりと笑顔を向ければ、長い前髪に隠れたキーアの顔は、盛大に顰められた。


「……売れば?」

「え? そ、それは、売る……」


 ドキドキと心臓が早鐘を打ち出し、カルナリスは挙動不審にもきょろきょろと頭を動かした。

 売る、と言う言葉は、どうにも魅力的すぎた。


「で、でも、塔長は楽しみにしてらっしゃるし……」

「塔長にだけあげればいい」

 その言葉は、まるで悪魔の誘惑のように、カルナリスに響く。


 こんな些細な収穫だ。小さい畑だ。売ったってたいした収入にはならない。

 しかし確実に金に換わる。


「あー。いや、そんなわけにはっ!」

「売り上げ全部、カルナリスのお小遣いで良いけど」


 ずっきゅーん、とカルナリスの心臓を直撃する言葉に、カルナリスは籠を抱きかかえたまま蹲った。


「う、売ろう、かな……?」

「うん」


 えへへ、と笑うカルナリスに、キーアは大きく頷いた。






 マーナの実は、ジャムにするとすごく美味しい。

 カルナリスは真剣な顔で、巨大な鍋に向かってマーナの実を煮込んでいた。

 たくさん作って、一つはキーアに、一つは塔長に、後は売るつもりだ。

 ディオスとマルクトにあげるのは諦めた。お小遣い独り占めの誘惑には勝てない。


「楽しそうだね」

「はい!」

 鼻歌を歌いながら鍋に向かうカルナリスを、キーアはじっと見つめる。

「マルクトのとこはどう?」

「楽しいです!」

「ふ~ん」


 ぐつぐつ煮える鍋を、カルナリスはうっとりと眺めている。


「マルクト先生は、すっごく優しいですし、丁寧に色々教えて下さるからわかりやすいし。なんか良いですよね~、師匠って感じがして」

「ほー」

「それにね、何か可愛いんですよ! すぐ照れちゃうし、真っ赤になっちゃって、からかいがいがあるっていうか。あ、でも、もちろん私はからかったりなんかしないですよ? なごみ系ですよねえ。良いなあ、普通の授業でもマルクト先生みたいな先生だったら楽しいのに」


 振り返って満面の笑顔を見せるカルナリスに、キーアは不機嫌そうに眉を寄せた。もちろん、長い前髪に隠されているせいで、カルナリスには見えなかったけれど。


「そんなにマルクトが良いんだあ?」

「はいっ!」

「……ディオスより?」


 露骨に不機嫌そうな声も、カルナリスは気付かず、真剣に考え込む。


「えー、あーどうかなあ? あそこはあそこで、儲け話がごろごろで良いんですよねえ。マルクト先生のとこだと、なかなか内職が進まないし」

「……それが基準なわけ?」


 呆れたような物言いに、カルナリスは不思議そうに首をかしげる。


「え? ほかに何が?」


 真剣にわからない様子のカルナリスに、キーアは脱力したように小さく溜息をついた。


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