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魔法使いの弟子  作者: りく
第2章 風の魔法使いの弟子
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風の魔法使いの弟子・4

 マルクトの研究室は、廊下から入ってすぐに、皆がくつろげる6角形の広間がある。そして、その5つの壁には、それぞれ5つの扉がついていた。右側から手前がマルクトの私室、奥が、風の魔法を研究する風の部屋。中央は台所兼食堂で、左側はそれぞれカルナリス、レイナの部屋だ。

 どの塔も、各研究室の基本構造は、皆こんな感じなのだという。

 言われてみれば、ディオスの部屋も規模こそ大きかったが、構造は似ていた。内装が派手すぎてとても同じとは思えないけれど。

 規模や装飾とかは置いておくと、マルクトとディオスの部屋の違いは、弟子の部屋にある。

 マルクトの所では、レイナとカルナリスの部屋は6角形の部屋に直でつながっているが、ディオスの所では、弟子がカルナリス含めて3人だったために、ミリィとカルナリスの部屋は、6角形の部屋にある扉の、更に奥にあった。

 弟子の人数が多いところでは、弟子用の二つの扉は、部屋ではなく廊下につながって、その両側に各弟子達の部屋が続いていくといったパターンに変わるのだ。

 基本は、弟子の部屋の扉だけが変化するのだが、中には、引きこもり気味の師匠がいて、師匠への部屋に続く扉の先が、迷路になっているというパターンもあるそうだ。

 研究室は、ある意味師匠の個性を知る良い指標となる。

 その意味から言えば、マルクトはごくごく普通の師匠といえるだろう。


「お茶のお代わりはいかがです?」

「は、はい、ありがとうございます」

マルクトに勧められるままに、カルナリスは空になったカップを差し出した。

 宙に浮かんだポットから、こぽこぽと茶色い液体が流れ落ちる。

「レイナもどう?」

「そんなことよりぃ、お話しは何ですのぉ? お茶のお誘いだけだったなら、わたしものすごおく、怒りますよぉ? 恨みますよぉ? せっかく、憧れのクロイ先輩と仲良くなれるチャンスだったのに、泣く泣く諦めたんですからぁ」

 両手でカップを握りしめながら、レイナの笑顔は引きつっていた。もう既に相当怒っているようだ。

 カルナリスは気持ち、レイナから離れるように腰を動かした。


「カルナリス、何でよけてますのぉ?」

 すかさず、レイナがカルナリスににじり寄る。かえって先ほどより、レイナとの距離は縮まってしまった。

「ま、まあまあ二人とも、もちろんお茶のお誘いがメインじゃないから。ほら、クッキーもあるし」

 テーブルの上のクッキーを示すと、レイナは一つつまんで口に入れる。

「美味しいですぅ」

「そう、良かった」

 嬉しそうに顔をほころばせたレイナに、ほっとしたようにマルクトが胸をなで下ろす。マルクトに視線で促されて、カルナリスもクッキーを一つ口につまんだ。


 美味しい。

 あ、これは売り物になるかもしれない、とカルナリスはじっくりと味わいながら、同じ味を出す手順を考え始めた。

 市販のクッキーより甘ったるくなく、舌触りは滑らかでしっとりしている。

 普通に作ったのではこの味は出ない。何か一手間加えているはず。それとも隠し味がポイントか?


「で、お話は何ですのぉ?」


 微かに、キーアの小屋裏の畑で育てている、マディスの香りがする。爽やかな香り。そのおかげで、甘さが舌に残らない。


「えっと、もう落ち着いた?」

 

 マディスの葉を刻んで、生地に混ぜ込むのか。いや、違う。そういった感触は無い。葉っぱが入っていればわかるはずだ。


「挙動不審のどこかの師匠さんよりは、ずうっと落ち着いてますよぉ」

「あーっと、実は、これから3ヶ月間の予定について相談しようと思ってね」


 マディスがポイントに違いない。いかに上手く入れるかが大事だ。

 葉を煮出す?

 それでは苦みが残るのではないだろうか。


「ここ1週間、君たちの力がどんなものか見せてもらったから、これからはそれぞれにあわせたスケジュールを組んで……」

「あらあ、浮遊術が入ってますわぁ。苦手ですのにぃ」 


 煮出す時間が問題かな?

 苦味が出る前にマディスを取り出せばどうだろう。

 うん。やってみる価値はある気がする。


「ああ、まあ、せっかくだからこの機会に少しでも上手くなれたらいいと」

「上達したら、クロイ先輩の元に飛んでいけますわぁ」

「えっと、ストーカー行為や不法侵入は犯罪だよ。一応言っておくけど……」


 カルナリスはもう一つクッキーをつまむ。

 生クリームはどれくらい入ってるのかな。入ってるよね。


「そんなことわかってますよぅ。

 で、こっちが、カルナリスのスケジュールですかぁ?

 ……ええ? なに、これぇ?

 ちょっと、カルナリス?」


 砂糖はどれくらいが良いのか。

 ほどよい甘さ。

 分量は、……。


「カールーナーリースゥー! 聞いてますのぉ?」

「うひゃあ?」

 突然両頬をつままれ、クッキーの作り方に没頭していたカルナリスは、きてれつな悲鳴を上げた。

「レイナ、それは痛いよ……」

 まるで自分がやられているような痛そうな顔で、マルクトは両頬を抑えながらレイナを窘める。

「いひゃい、いひゃいっ」

「あらぁ、ごめんなさい」

 ぱっと手を放して、レイナはぺこりと頭を下げて謝った。謝って、そのままの姿勢でレイナは動かない。

「レイナ、どう……いでっ!」

 なかなか頭を上げないレイナを心配し、覗き込もうとしたカルナリスの額に、顔を上げたレイナの頭頂部が力一杯にぶつかった。

「やだもうカルナリス、痛いじゃないのぉ」

「痛いのはこっちだって……」

 目に涙をためて訴えるカルナリスを真っ直ぐに見て、レイナはぶっと引き出した。

「え? え? えぇ?」

 きゃははははっ、と声を出して笑い転げるレイナに呆然とし、カルナリスは助けを求めるべくマルクトを振り向く。

「あー、額にこぶが……」

 実に痛そうな顔でマルクトが答えた。

「ひえ?」

 慌てて触った額には、見事なこぶができあがっていた。

「ご、ごめ……」

 謝りながらも、笑いの収まらない様子のレイナに、カルナリスは恨みがましい視線を送る。いくら何でも、レイナは笑いすぎだ。

 カルナリスの額は、ずきずきと痛みを訴え続けていた。そんな彼女の前に、いつの間に持ってきたのか、マルクトが濡れたタオルを差し出してくれる。額にあてると、痛みが一層染みいるようで、カルナリスは目に涙をにじませた。 


「えっと、それで、これが君のスケジュールなんだけど」

 マルクトは本題に戻りかけて、すぐに心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。

「カルナリス、大丈夫? い、痛いよ、ね?」

「あー、大丈夫です、何とか」

「カルナリスってば、おかしなお顔が、もっと楽しいお顔になっちゃいましたねぇ」

 やっと笑いを収めたレイナが、悪びれもせずに笑いながら言う。

 あんたのせいだろうがっ、と言いたいところを、カルナリスはぐっと我慢した。マルクトの目が、必死で訴えていたからでもある。レイナから視線を逸らして、カルナリスは気を取り直すように手元のスケジュール表を見つめた。


「うわあ、すごい」

「そうですよねぇ。すごいわぁ」

「何か、ちゃんと勉強するみたいですねぇ。これから3ヶ月の計画がきちんと書いてあって、すごい。きちんと段階踏んであって、基礎から応用編まで、は、いってないのか……」

「そうよ、スケジュール表がすごいんじゃなくて、内容が変なのぉ。カルナリスばっかり何で基礎ばっかり? しかも初級も初級じゃなぁい?」


 初級、と言われてカルナリスはぐさりと傷ついた。思わずタオルを押さえていた手を外し、胸に手を当てる。勿論タオルは落ちて、すんでの所でマルクトが風の魔法で受け止めた。


「仕方ないです。基礎からきっちり身につけなさいってことなんですよね?」

「うん、まあね」

 苦笑いしながら、マルクトはタオルをカルナリスに手渡す。

「でも、スケジュール表なんて、初めてですよ。感動です。これ見ると、自分に何が足りなくて、何を勉強しなきゃいけないのかよくわかるし。って言うかほぼ全部足りてないんだけど。

 ああ、とにかく、何か先生についてちゃんと勉強してるって感じで感激です」

 カルナリスがにっこりと笑ってそう言うと、マルクトは照れたのかぼんっと顔を火照らせた。

「まあ、師匠さんってば照れちゃって可愛いっ」

 レイナの台詞に、マルクトは更に顔を真っ赤にさせる。

 その様子を見ながら、カルナリスも珍しくレイナの意見に賛成したのだった。


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