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魔法使いの弟子  作者: りく
第2章 風の魔法使いの弟子
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風の魔法使いの弟子・2

「やあこんにちは!」


 緑色の扉が勢いよく開いて、カルナリスは満面に笑みをたたえた青年に出迎えられた。待ちかねていたような表情に、カルナリスは一瞬あせりを覚える。


 ここは風の魔法使いの集う、「風の塔」。

 ずらりと同じ扉が並ぶ中で、目当ての一室を探し出すのは一苦労だった。昨日までいた水の塔のディオスの部屋は、一目でそれと分かる扉になっていたから、尚更だった。それでも、予め場所を聞いていたので、何とか予定通りに到着することが出来たはずだ。


 カルナリスは、新緑色のローブを着た青年を仰ぎ見た。

 明るい赤茶の髪に、健康的な肌。微かにそばかすの散った顔。顔は普通。ディオスのように美しいとは言えない。でも、悪いわけではない。人の良さそうな優し気な顔立ちをしていて、ローブの色と同じ、新緑の瞳が印象的だ。何より、笑顔が爽やかで好感が持てる。

 これはかなり点数が高い。

 背はすらりと高いが、やはりディオスほどではない。キーアは少し猫背の気があるから、ちょっと比べられない。でも、多分キーアの方が高いだろう。

 標準的な容姿。でも第一印象は良好。


「初めまして。今日からお世話になる、カルナリス・ティアルです。

 よろしくお願いします」


 一瞬で青年を観察すると、カルナリスは自己紹介とともにぺこりと頭を下げた。 緊張で、うっすらと手に汗をかいている。


 2回目の弟子入りだったが、ディオスの時は色々衝撃的だったため、思えば緊張する暇がなかった。こうして普通に迎えられると、かえって緊張してしまう。

 緊張していると自覚したカルナリスは、段々と顔が青くなっていった。


「こちらこそ初めまして、カルナリス。僕がマルクト・エンディルです。

 待っていたよ。どうぞ中に入って」


 扉を支えながら、マルクトはカルナリスを部屋の中へ招き入れた。右手と右足が同時に動き、がっちんごっちんに固まった彼女の様子に、マルクトは思わず吹き出しそうになる。


「そんなに緊張しないで。まだ来ていないけど、同じ5年生の女の子が一緒だから安心して。仲良くやってね」

「は、はい!」

 ぎりぎりっと首を振り向かせて、カルナリスはがくんと頷いた。

 まるでからくり人形のようなその動きに、マルクトはとうとう吹き出していた。






「ディオスとアルの二人から話があった時は驚いたよ」

「ディオス先生と、……アル?」


 首をかしげるカルナリスに、マルクトは優しく微笑む。魔法で用意したホットミルクをカルナリスに手渡してから、マルクトは彼女の前の椅子に腰掛けた。

 ちょっと甘めのホットミルクに、カルナリスは頬を緩ませる。


「アルザスだよ。アルザス・キーア・リンゼイ」

 ファーストネームを聞いても誰だか分かっていない様子のカルナリスに、マルクトはフルネームを言い直した。

「ああ、師匠ですか!」

「師匠?」

 くりっとした瞳を大きく見開いて、マルクトは問い返した。

「すみません、紛らわしくて。

 師匠ってば、師匠って言わないとすねるんです」

 うんざりとしたようにカルナリスは答える。

「別に、師匠が魔法を教えてくれるわけでもないんですよ?

 私は毎日毎日、畑の世話して、ご飯や掃除や洗濯や、とにかく家事やってて、師匠の面倒をみて……。

 あれ? なんかおかしい?」

「……」

カルナリスは真っ直ぐにマルクトを見つめ、訴えかける。

「食事も掃除も洗濯も、みんな私が面倒みてるんです。私が来るまでは何とか生活してたんですよねえ? あれ? でも今は、私がいないとご飯食べないし、下手すると倒れるまで寝なかったりだし。何日も部屋にこもりっきりだったり。えっと? それで、どのあたりが師匠なんでしょう?」


 カルナリスは首をひねりながら考え込む。

 どう考えても、師匠と弟子とは言えない気がする。


「た、大変だったんだねえ。何かすっごく知っている誰かを彷彿させられるけど。どんなに大変なのかほんっとうに、よく分かるよ。

 アルってば、こんな小さい子に甘えちゃって、だめだなあ、本当に」

 マルクトは瞳を潤ませて、カルナリスの頭を優しく撫でる。まるで小さい子に「良い子良い子」しているようだった。


「師匠って、昔っからああなんですか?」

 ふと、気になってカルナリスは尋ねた。

「えっと、アルは……」

 マルクトは、言いづらそうに苦笑いしながらカルナリスを見つめ返した。

「先生は、」

「せ、先生?」

 カルナリスの呼びかけのどこに驚いたのか、マルクトは眼を見開いて立ち上がった。

「え? あの、『先生』はだめですか? ディオス先生も『先生』って呼んでたんですけど。

 やっぱり『師匠』の方が良いですか?」


「し、師匠っ!?」


 マルクトはそう叫ぶと、心臓の辺りを両手でぎゅっとつかんで蹲ってしまった。


「え? やだ、どうしたんですか? 心臓発作? 持病持ちだったんですか? やだ、大丈夫ですか? どうしよう?」


 慌てるカルナリスの元に、救世主が現れた。


「こんにちはー。どなたかいらっしゃいませんか?」 

 元気良く扉を叩く音と、呼びかけの声に、カルナリスは扉へと飛びついた。

「た、助けて下さい!」

 扉が開くと同時に飛びついてきたカルナリスを、銀髪のツインテールの少女は、するりとかわした。結果、勢いのついたカルナリスは、そのまま見事に向かいの壁に激突する。

「大丈夫ですかあ?」

 のんびりした声が響く。

「わ、私は大丈夫です。

 な、中のマルクトさんを、お願い……」

 真っ赤になった顔を押さえながら、カルナリスは何とか力を振り絞ってそう告げると、ばたりと倒れた。

「あらあら」

 銀髪の少女は驚いたように呟くと、カルナリスの言葉に従って、部屋の中へと入っていった。






「心配かけてすみません。先生とか師匠とか、初めて呼ばれたんで、ちょっと感動してしまって……」

 濡れた髪の毛をタオルで拭いていたマルクトが、その手を止めてカルナリスにぺこりと頭を下げた。

 今年から初めて弟子を迎える彼は、第1期の3ヶ月間、弟子入りの応募がなかったそうだ。カルナリスが待ちに待った初の弟子候補で、朝からずっとテンションが高かったらしい。高まったテンションは、カルナリスの先生・師匠発言でマックスに達した。結果、マルクトは気絶してしまったのだ。

 ちょっと情けないこともない。


「レイナにも、すっかりご迷惑をかけました」

「いいええ。楽しませていただきましたあ」

 のんびり間延びした声で、カルナリスと同じ灰色のローブを身に纏った、銀髪の少女が答える。彼女は、カルナリスと一緒に、今年度の第2期をマルクトの元で学ぶ「理の塔」の5年生だった。

 彼女は先刻、倒れたマルクトを見て、どこからかバケツに水をくんでくると、勢いよく彼にぶちまけたのである。おかげでマルクトは目覚めたが、結果ずぶぬれとなった。鮮やかな新緑のローブは、濃い緑色に染まっている。


「楽し?」

 あんぐりとカルナリスは大きく口を開ける。

「ええ、とおってもおかしな師匠さんですねえ。貴女も、お顔は大丈夫? これ以上鼻が低くなったら大変よお」

 へらりと力の抜ける笑顔を浮かべ、彼女はカルナリスとマルクトの顔を見比べた。

 全く悪意のない顔である。

 カルナリスとマルクトは、お互いこっそり顔を見合わせた。顔を見合わせて、二人は彼女の言動が何だか少しおかしいようだと確認しあった。


「それから、師匠さん、風の魔法で乾かしたら早いでしょう? どうして使わないんですかぁ?」

「あ!」

 うっかりしていた、と言うように声を上げるマルクトを、レイナはにこにこしながら見守り、カルナリスは微かに不安を覚えるのだった。


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