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魔法使いの弟子  作者: りく
第2章 風の魔法使いの弟子
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風の魔法使いの弟子・1

「500、570……、625。えっと、こっちが590あるから、1,215」


 豚貯金箱とうさぎ貯金箱、昨年キーアからもらったポスト型貯金箱の全てを逆さにし、あるだけの銅貨を引っ張り出して、カルナリスは一枚一枚丁寧に数えていた。


「こっちは、え? うわ、こっちは770もある! えっと、1,985ギール?」


 一番銅貨が溜まっていたのは、豚貯金箱。

 カルナリスは思わず、豚貯金箱をぎゅうっと抱きしめた。


 セントラルフィールドの外れにある魔法使いの塔、「理の塔」。

 ここには、世界中から優秀な魔法使い達が集い、魔法使いを目指すタマゴ達が勉強している。

 カルナリス・ティアルは、ここ「理の塔」で学ぶ生徒の一員として、学舎の塔で学んでいる。今年5年生になった彼女は、来年度以降の師匠を決めるべく、昨日までの3ヶ月間を、水の魔法使いディオスの元で勉強していた。そして、これからの3ヶ月間は、風の魔法使いのところで修行する予定になっている。


 先の師匠であるディオスは、インテリアやあらゆる小物を流行の最先端でそろえていて、彼女はこっそりその模造品を作っては売りに出していた。

 その、売り上げが1,985ギール。

 もっとも、途中で先輩弟子のクロイとミリィに内職がばれたせいで、商売にならないものも作らされたりしたのだが、まあ、まずまずの売り上げだ。


「すごい、3ヶ月で1,985ギールも! ええ、ってことは。

 借金は6,753,566ギールだから……。

 6,751,581……ギールか」


 先ほどまでの感動が、あっという間に去っていく。


 金6,753,566ギール。

 これが、かつて10才の若さにしてカルナリスが抱えた借金の額である。どれくらいの金額かというと、王都の一等地に豪邸をぽんと1軒建てられるくらいの金額だ。

 孤児だったカルナリスが、ここ「理の塔」の塔長に拾われたのは、彼女が9才の時だった。

 彼女の前に突然開けた未来は、1年後には真っ暗な闇に覆われていた。

 彼女の魔力の暴走により、塔の一部が3回も破壊されたのだ。修繕費やら、そのために使った魔法具、運悪く巻き込まれて壊れてしまった魔法石などなど。被害額をあわせて、金6,753,566ギール。

 3ヶ月で1,985ギール。1年で7,940ギール。

 ――借金返済の道は遠い。


 カルナリスは大きく溜息をついて、目の前に散らばる銅貨の山を見つめた。


「いや、まだ14歳だしね。

 これからいくらでも稼げるはずだしね。うん。ようは大魔法使いになればいいのよ。

 そしたら一気に大金持ち? この小屋だって建て替えられるし、師匠にも楽な生活が……」


 独り言を呟きながら、カルナリスは首をかしげた。

 塔の宿舎を追い出された彼女が、4年間預けられたのが、塔の横に立つボロ小屋に住むキーアのところだった。預けられた、と言うか、彼の面倒を見させられている、と言うのが正しい。衣食住にほとんど頓着しないキーアは、放っておくと何日も食事もせず風呂も入らずに過ごす。カルナリスは10歳の頃から、ずっとそんなものぐさな彼の面倒を見てきた。

 本人は、これも借金返済の一部だと信じてはいるが、現在借金がいくらまで減っているのか、実は知らない。もしかすると、生活費免除の対価かもしれない。

 まあ、キーアとカルナリスは、つまりは赤の他人なわけで、本当の師弟でもないわけだから、別にカルナリスには、キーアを養う義理はないはず、だ。

 キーアの老後を気にかける必要はない。

 しかし。

 血の繋がった家族のいないカルナリスにとって、どんなに情けなかろうが、だらしなかろうが、キーアは家族も同然だった。


「う~ん。次はいくら稼げるかなあ。

 やっぱ内緒でミリィさんかクロイさんに見本を横流ししてもらって……」


 カルナリス・ティアル14歳。

 若くして金策に苦しむ、悩める乙女だった。






 セントラルフィールドの外れにある魔法使いの塔、「理の塔」。その中の、水の塔の魔法使いであるディオス・カーンは、学舎の塔横に立つ、今にも崩れ落ちそうな掘っ立て小屋の前に立っていた。

 やがて彼は、意を決したように、やはりぼろぼろの扉を開く。

 手入れにうんざりするほどの時間がかかったと思われる、真っ直ぐで艶やかな金色の髪。

 水の魔法使い特有の真っ青なローブは、新品同様、しわ一つなく美しい。身だしなみにこれ以上なく気遣う彼にとって、この扉に手を触れるのは、半ば拷問に近かっただろう。


「カルナリスをマルクトのところにやるんだって?」


 すぐに目当ての人物が目に入り、ディオスはぶっきらぼうに声をかけた。

 用件を済ませて、早々に退散したい気持ちの表れだ。

 部屋の中央で、薄汚れてしわしわの灰色のローブを身にまとった男が、顔に開いたままの分厚い本をのせ、テーブルに両足をのせている。


「やあ、挨拶もなしにいきなりそれか。礼儀って言葉を知らないのか、忘れているのか。しようのない奴だな、相変わらず」


 開口一番にカルナリスのことを聞いてきたディオスに、この小屋の主、キーア・アルザス・リンゼイは、頭にのせていた本をどけ、唇だけで笑みを作りながら、息継ぎもせず一息に言い切った。

 ディオスは戸口に立ったまま、部屋の中を汚いものを見るように目を細めて眺めやり、巷で流行りのマリサの特製ハンカチで口元を覆っている。


「失礼なのはお互い様だろう、リンゼイ。お前こそ、」

「不毛な言い争いをしに来たのか、暇だな」


 言葉の途中で割り込み、キーアはすっぱりとディオスを切り捨てた。


「全く、相変わらずの奴だ」

 憮然とした表情でディオスは嘆息する。

「それこそお互い様だな」

 キーアは今度は楽しそうに笑いながら答えた。それを見て、ディオスは今度こそ諦めたように肩を竦める。

「入るか?」

 そう言って、キーアは小屋の奥へと首を巡らせるが、ディオスは静かに首を振った。

 綺麗好きなカルナリスが先ほどまでいたという名残が完全に消え去った、あちこち散らかった小屋の中に、とても入る気にはなれなかったのだろう。


「で、カルナリスのことだが」

「つい先ほどマルクトのところにやった。

 あいつはお前と違って、ナルシストでもないし性格も良い。実力はお前の方がやや上だが、若いからまだ見込みはあるし、安心してあの子を任せられる」

「ややは余計だ」

 ディオスの言葉に、キーアはふふんとバカにしたように鼻で笑う。

「あいつは努力家だ。お前も、身だしなみに気を遣う暇があるなら、もっと研究した方が良い」

「……余計なお世話だ」

 微かに頬を赤らめたディオスは、大きく息を吐くと、きっとキーアを睨み据える。


 ディオスはキーアが苦手だ。

 それも、超がつくくらい苦手だった。学生時代、山のように課題を出しまくっていた、古参の魔法使いヘルナーよりも、苦手だった。

 マイペースで、何を考えているか読めないし、どんなに気を張って構えていても、こうしてすぐにキーアのペースにのせられてしまう。


「で、お前は、カルナリスに何を望んでいるんだ?」

 意識して、ゆっくりとした口調でディオスは問いかけた。

「何を?」

 質問の意味が分からない、と言うように首をかしげるキーアを、ディオスは殺気を込めて強く睨む。

「いや、そんなに怒るなよ。

 あまりにもばかげた質問で、お前の頭を疑っただけだ」

「おいっ!」

「だって、そうだろう?

 俺があの子に望むのはただ一つ」


 楽しそうな口調で、キーアは答える。


「ルナが幸せであることだよ」


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