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魔法使いの弟子  作者: りく
第1章 水の魔法使いの弟子
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水の魔法使いの弟子・9

「そろそろ3ヶ月経つな」

「ええ、そうなんですよ、あっという間でした! も、ディオス先生素晴らしいです。最高です。さっすがお金持ってる人は違いますね! いやあ、儲けさせてもらいました。あそこはほんっと、素材の宝庫でした」


 カルナリスがディオスを誉めた時点で、ぴくんと跳ね上がったキーアの眉は、お金云々の段で一気に下降した。もっとも、長めの前髪に隠れて、その様子をカルナリスが気付くことはなかったが。

 カルナリスはここ3ヶ月の間、週2日は必ずキーアの小屋に家事手伝いにやってきていた。生活能力の極端に低いキーアを、本当なら毎日のように見に来たかったのだが、現在の仮師匠であるディオスの特訓は、なかなか厳しく、更に言えば兄弟子であるクロイとミリィのしごきもあって、毎日来るというわけにはいかなかったのである。

 蛇口破裂事件から、カルナリスはディオスからだけでなく、クロイとミリィからも魔法の特訓を受けていた。

 おかげで、この3ヶ月、とくにここ2週間で彼女の水魔法はかなり上達した、はずだ。ナルシスト気味のディオスは、まあちょっと性格に難有りだったが、師匠としては文句なく一流だったのである。

 それに、何かと意地悪発言をするクロイとミリィも、なんだかんだと言って世話好きな良い先輩? でもあった。魔法に関しては、二人の辛辣な言葉が刺激になった面もある。それ以外については、二人におどさ、ではなく、感謝とお礼の意味を込めて小物作りをやらされ、でなく、させていただいたのは勘弁だったが、一方でそれを上回るだけの稼ぎがあったことも間違いない。

 二人がカルナリスの手作り小物を持つことによって、大きな宣伝効果を上げられたのだ。

 全体的には、やはり悪くない場所だったと言えよう。


「ディオス先生さえ良ければ、このままずっと師事したいくらいです」


 うっとりと呟くカルナリス。

 理の塔の5年生は、その後師事する師匠を選ぶため、1年間仮の師弟関係を結ぶ。その師弟関係は最低3ヶ月と定められているが、お互いの合意があれば、そのままずっと師弟関係を結ぶことになる。


「でもあそこは、みんな美形だろ?」

「うぐっ」

「カルナリスは美形じゃないからだめだろうな」


 自分でディオスを師匠として推薦したくせに、キーアはカルナリスがあえて無視していた事実を突きつけた。

 ディオスの弟子は、能力だけでなく美貌が要求される。

 何しろ、ディオスの魔法室の扉には、ディオスとその弟子達の肖像が描かれているのだ。

 カルナリスが、仮に弟子と認められたら、あの扉にはカルナリスの肖像も描かれてしまう。それはもう、絶対条件なのだ。

 カルナリスは、はっきり言って10人並の容姿である。とてもあのきらきらした肖像画の中に、自分が入っていくほど厚顔ではない。あの扉は、遠くから眺めてこそ面白いものであって、決してあの中に入って悦に入るものではないのだ、少なくともカルナリスにとっては。


「まあ、実際上達したとは言っても、ディオス先生の特訓室でのみ通用する魔法ですからねえ。外じゃ使えないとなると、実用とはほど遠いですから、やっぱ水の魔法使いになるのは、厳しいものがありますね」

「あー、カルナリスは、もしかしなくても、ディオスの水の部屋以外で魔法使っちゃったのか」

「ほへ?」

 キーアの顔を引きつらせながらの呟きに、カルナリスは首をかしげた。

「なんで知ってるんですか、師匠?」

「いや、ああ、良くまあ、無事だったね」

「……えっと、あの、やっぱりディオス先生の特訓室以外で魔法使っちゃやばかったわけですか? ものすっごくまずかったんですか?」


 だらだらと冷や汗を掻きながら問うカルナリスに、キーアは深く深く頷く。

 蛇口破裂事件だって、かなり大きな被害だったが、それ以上の被害が発生する可能性もあったのだろうかと、遅まきながらにカルナリスは青くなる。


「うん、あそこは特別の部屋だからね。でもまあ、無事だったと言うことは、それなりに進歩したってことだろう。

 ルナ、師匠リストをみせてごらん」

 言われて、カルナリスは5枚の師匠リストを差し出した。

「ああ、やっぱり。ほらごらん」

 広げられた師匠リストは、以前は白い部分が多かった。いや、今でも1枚は白紙だし、3枚は半分以上白紙だ。しかし最後の1枚、水の魔法使いのリストは、何とほとんど師匠の名で黒く埋まっている。


「きゃああああ、すっごい、すごいですよ、師匠。どうしましょう?

 私、次の師匠選び放題ですか? いやだ、どうしよう?」

「いや、選び放題ってわけにはいかないけどね。

 ああ、うん。次は、彼に頼むと良い」

 そう言ってキーアが指し示したのは、たくさんの名前が連なる水の魔法使いのリストではなく、風の魔法使いのリストだった。

「ほへ?」

 首をかしげるカルナリスに、キーアは一人、うん、彼が良いと頷いている。キーアの中では、師匠を変えるというのは決定事項らしかった。


「……風属性ですが?」

 何だかこのパターンは、前にもあったなあと思いながら、カルナリスは念のため尋ねてみた。

「そうだな。彼は風属性だから」

「一応念のため言ってみますけど、私、風属性は赤点すれすれです」

「うん。でも、水は赤点以下だったじゃないか」

 確かに事実ではあったが、カルナリスは何とも釈然としない。

「それは、ディオス先生が素晴らしかったから……」

「うん。だからね、大丈夫。

 彼も、ディオスに負けず劣らず優秀だからさ」

「ああ、うう……」


 カルナリスは、それ以上何も言うことは出来なかった。まあ、キーアが言うのだから仕方ない。






「うわああああああああ。す、す、すごすぎます、ミリィさん!」


 カルナリスは、目の前の光景に陶然としながら、ミリィに勢いよく抱きついた。

 天井中央にぶら下がる、大きなシャンデリアの下には、カルナリスが見たことのない食べ物の皿が並んでいた。

 どれもこれも、本日限りを持ってディオスの仮弟子を終えるカルナリスのために、ミリィが用意した料理だった。


「当たり前ですわ。私の実力を持ってすればこれくらい」

 カルナリスは彼女に抱きついたまま、少し赤く染まった彼女の頬にキスの雨を降らせる。

「な、な、なにしてますの!」

「ありがとうございます、ミリィさん。うれしい!」

「鬱陶しいな」

 ばりっと、カルナリスをミリィから引き離すと、クロイが呆れたように呟いた。


 3ヶ月を経過し、初め丁寧だったクロイの口調は、カルナリス相手でもすっかり乱暴になってしまった。しかしカルナリスは、そんなクロイを気にした風もない。


「クロイさん。でも、感激しちゃって!」

 うるうると感動に身を震わせるカルナリスは、勢い余ってクロイにまで抱きつきそうだった。危険を察してさっと体をよけたクロイは、そのままワイングラスを傾けているディオスの背後に隠れる。


「お前、酔ってるのか?」

「嫌だなあ、まだ飲んでませんよ?」

「そうか。雰囲気で酔えるんだな。便利でお手軽な奴」

「なんかクロイさん、何げにひどいこと言ってませんか?」

 小さく首をかしげるカルナリスに、ミリィが溜息をつく。

「クロイはいつもひどいですわよ」


「ところで」


 3人の漫才会話に、既にワインボトルを1本開けたディオスが割って入る。


「次は決まったんですか?」

「あ、はい。マルクトさんのところへ」

「マルクト? そんな名前の師匠、いたか?」

「クロイはたとえ先生だろうが、同姓の名前を覚えませんでしょう?」

 でも、私も記憶にありませんわ、とミリィは続ける。


「風の魔法使いだ。確か今年から弟子取りを始めたはず」

 訝しげな愛弟子達に、ディオスが答える。答えながら、次のボトルを開けていた。


「ええ? なんで風の魔法使いなんですの?」

「えっと、さあ、なんででしょう?」

 ミリィの疑問に、カルナリスもまた首をかしげる。


「マルクトは優秀だ。心配ない」

「カルナリス、お前、風も赤点すれすれじゃなかったか?」


 クロイの指摘に、カルナリスは視線を泳がせ、ディオスは微かに頬を引きつらせた。


「リンゼイめ……」

 ディオスの呟きに反応し、クロイが微かに眉を寄せる。

「アルザス・キーア・リンゼイか。なんか、聞いた覚えがあるんだけどなあ」

 いつの間にか手に取ったシャンパンを片手に、難しい顔で呟くクロイに、ミリィがからかいの表情を浮かべる。

「珍しいじゃありません? クロイが同性の名前を記憶しているなんて」

「思い出せない」

「まあ、しょうがないですわ」

 憮然としたクロイに、ミリィは小さく肩を竦めて見せた。


「弟子取りできない名ばかりの師匠です。クロイさんが知らなくて当然ですよ!」

 二人の会話お聞き付けたカルナリスが、白ワイングラスを手にへらりと笑う。


「あ、お前飲むんじゃない!」

「未成年でしょう?」

「え、今日は無礼講?」

「貴女はだめです!」

「お前はだめだ」

 二人から責められて、カルナリスは渋々ワイングラスをテーブルに置く。


「全く、油断も隙もない」

 クロイの呟きに、ミリィは力強く頷き、ディオスは笑う。

「まあ、次の3ヶ月間も、頑張りなさい。君なら何とかなるでしょう」

「ありがとうございます、ディオス先生!」

「どうしても誰も師匠になってくれなかったら、うちで引き受けて差し上げても良くてよ。それこそ、「侍女」ですけどね」

 外の扉を指し示しながら、ミリィがにやりと笑う。

「おいおい、お前が決めるなよ」

「良いですよ。誰も引き受け手がなければね。

 貴女の見る目は確かですから」

 ディオスの言葉にカルナリスは瞳を潤ませた。


「先のことは分かりません。

 今はとりあえず、お疲れ様です、カルナリス」


 ディオスがワイングラスを傾け、ミリィとクロイ、カルナリスがそれぞれシャンパン、ジュースの入ったグラスを重ねた。


 カルナリスの水の魔法使いへの弟子入りは、こうして楽しく幕を下ろしたのだった。


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