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第一章・1

       1


 みくの前に突如として現れた二人は、自分たちは堕天使と悪魔だと名乗った。自分たちの部屋に聞こえてくる声がうるさくて眠れないので、黙らせるために現れたのだと。

「――だから安い物件はダメだと言ったんだ。部屋の広さや周囲の環境を考えれば、いくらお得な物件と言っても安すぎるってわかるはずなのに」

「値段だけ聞いて安いに越したことはないとか言ったのは、ヴェーちゃんじゃない。私はちゃんと、いろんな物件を見て探そうとしましたもんね」

「そう言うから、私は信用して……」

「ちょっと! 喧嘩するなら帰ってからにしてくれよ。その前に、僕の願いを叶えて掃除もしていってもらうけどね」 

 自分たちの事情を説明するうちに、険悪なムードになった二人をみくが止める。まだまだ続きそうだったし、他人の口喧嘩を黙って聞いていられるほど気長でもない。

「掃除はともかく、貴様の願いを叶える筋合いはないな。私たちが人間界までやってきた理由を、さっき説明しただろう。被害者である私たちが、どうして貴様の願いを叶えなくてはならんのだ。厚かましいにもほどがある。願いを叶えてほしいのなら、それにふさわしい態度をとってもらわんとな。少しは立場をわきまえろ」

 片手を腰にやって偉そうに胸を張ったのは、堕天使のヴェーデル・スナイデン・ボランゾーニア。豊満な胸の上を漆黒の髪がさらさらと流れているが、大事なところはしっかりと隠され、何かが見えてしまうことはない。交差する翼によって隠されている部分も、また同様だ。

「だいたい、悪魔や堕天使に願い事をして、ちゃんと叶えてもらえると思ってるの? もしそう思っているのなら、ちょっと考えが甘いんじゃないかなってお姉さんは思うな」

 ピアノの椅子に座って、言葉とは裏腹に子供っぽく足をぶらぶらさせているのは、フェルナ・リュライス・フェンメル。蝙蝠のような翼でなければ天使にも見えそうだが、本人いわく悪魔の中の悪魔らしい。先ほど椅子に座った瞬間も、足をぶらつかせている現在も、ふんわりと束ねられた純白の髪と蝙蝠のような翼とが、彼女の見えてはいけない部分をガードしている。

「ちゃんと叶えるかどうかは、きみたち次第だろ」

 フェルナに言いかえすと、みくは彼女から目をそらした。彼女は幼児体型で貧乳だったので、どうせ肝心なところは見えないにしても、巨乳でスタイルのいいヴェーデルを見ていたかったからである。

「きみたちさ、引っ越しなおすお金がないんだよね? そんなことを言うのなら、これからも騒ぎ続けてやる。もっと大きな声を出して、夜中から朝までたっぷりとね」

「ふざけたことを言うな。部屋の中から、どこからともなくわめく声が聞こえるんだぞ。それがどんなに不気味で迷惑なことなのか、貴様にはわからないのか?」

 怒ったようにヴェーデルが言うが、その顔には隠しようのない焦りが浮かんでいる。実際にそれをやられるのを想像して、たまったものではないと思ったのだろう。

「わかるわけないだろ。そっちの声が聞こえたことはないし、聞こえたとしても僕なら喜ぶね。テレビ局呼んで大儲けだって。でも、ちゃんと僕の願いを叶えてくれるのなら、考えなおしてあげてもいいよ。さっき立場がどうとか偉そうに言ってたけど、それって僕が言うべき台詞なんだよね、残念ながら」

「ふん! 私たちは堕天使と悪魔だと言っただろう。おとなしく話を聞いたほうが身のためだぞ。灰燼とされたくなければな」

 虚勢を張るように語気を強めて片手を掲げると、ヴェーデルは燃えさかる蒼紫の炎を出現させた。炎が勢いよく燃えあがり、部屋の中を煌々と照らす。それをつまらなさそうに見ると、みくはため息をついた。

「脅されてもさあ、怖くないんだよね。ちっとも堕天使や悪魔って感じがしないから」

 というのも彼がしていた想像では、堕天使は退廃的な雰囲気のヴィジュアル系男だったし、悪魔は山羊頭のマッチョ男だったのである。そんな奴らが出てくるよりラッキーだったと思っているのは、もちろん言うまでもない。

「でも、私たちの部屋とこの部屋が微妙につながっちゃってるって、さっき言ったでしょ? そのつながりが濃くなって魔界に飛ばされることになったら……なぁんて思ったら怖くない?」

 両手で身を抱えるようにしながら、さも怖いといった表情をフェルナが浮かべる。

「全然。そんな脅す気満々で言われたって、嘘くさいとしか思えないしね」

「この子ったら、見かけと違ってかわいくないの。あとはヴェーちゃんお願い」

 むくれたように言うと、フェルナは椅子の上で体育座りをして、両腕で作った枕に頬をのせた。目も閉じてすっかり眠る気のようだ。いや、もう寝息をたてて眠っている。

「おい、なんで私が――」

 寝てしまったフェルナへと手を伸ばしかけ、ヴェーデルがその動きを途中で止めた。体育座りしたフェルナへとそそがれる、背後からの視線に気づいたのだ。後ろを振り返って、不快そうに眉をしかめる。

「貴様、どこを見ようとしている。見ようとしても無駄だぞ」

「無駄だぞって、どうして無駄ってわかるんだよ。そんなのわからないだろ」

 視線の主であったみくはとっさに強がったが、フェルナの大事なところを覗こうとしていたのを指摘されて、透きとおるように白い頬がピンク色に染まってしまっている。

 しかし、すぐに立ち直って眉をしかめかえすと、堂々とした態度で言い放つのだった。

「そもそも見せる気がないんなら、最初っから服を着たらいいだろ。それとも新手のプレイかなにか流行ってんのかよ、魔界では。だいたいさ、きみのほうが悪魔みたいだよね。名前も怖いし、百人に聞いたら百人がそう言うよ。髪の毛をブリーチして、翼を漂白したほうがいいんじゃない? ついでに十年くらいひきこもって肌も白くしてさ。でもまあ、べつにいいか。元天使なのに悪魔より悪魔っぽいだなんて、ほんとご愁傷さまってだけだから」

「うぐっ……」

 強烈なみくの反撃に、ヴェーデルが胸を刺されたかのようなうめき声をあげ、痛みをこらえるように口を一文字に結ぶ。なぜなら彼に言われるまでもなく、自分のほうがフェルナよりよほど悪魔に見えると気づいていたし、そのことをコンプレックスに感じてもいたからだ。

 それを無遠慮に鷲づかみにされ、パイ投げのパイの如く、思いっきり投げつけられたのである。彼女が受けたダメージの大きさは、想像するに難くない。

「なになに、もしかして気にしてるの? そりゃあ、そうだよね。スタイルはいいけど背が高すぎるし、美人は美人だけど、きつい性格してそうなのが顔に出ちゃってるし。昔は天使だったなんて、言われなかったら絶対わからないよ。なんかさあ、かわいい服とか似合いそうにないよね。あ、だから服を着てないとか? それとも、ただの露出狂? 大事なとこは髪の毛と翼で隠れてるったって、どう見ても露出好きの変態にしか見えないしさ」

「……貴様ら人間だって、顔や腕をさらすのは平気だろう。その範囲が、私たちは広いというだけだ」

 顔を歪めながら力なく言うと、ヴェーデルはうなだれた。偉そうに胸を張っていたときの姿は、もはや微塵もない。みくが続けざまに投げつけたパイ――もとい言葉の暴力が、彼女の心を完全に折ってしまったのだろう。

 しかし、いったん火がついたみくは、そう簡単には止まらない。

「広いだけって、なんだよそれ。そりゃ僕ら人間だって顔や腕をさらすのは平気だけど、いくらなんでも髪の毛で隠すだけで服を着ないっておかしすぎるだろ。言ってみたら僕たち人間が下着姿で街を歩いておきながら、それを恥ずかしくないのって指摘した人に、おまえだって海やプールでは水着を着たりするだろ、私は街中でも平気なだけだって言うようなもんだよ。はっきり言って意味がわかんないし、もっと一般常識ってものを考えてくれないとさ。そういう意味では、ここは人間の世界なんだし、やっぱ服を着てないのっておかしいよね。まあ、お金持ってないみたいだし、どのみち服なんか買えないんだろうけど。って、もしかして本当は、それで服を着てないんだったらごめんね。たった二人の貧乏人――いや、貧乏堕天使と貧乏悪魔のせいで、自分たちを誤解された堕天使と悪魔たちにも、ほんとごめんなさいだよ。とりあえず、魔界に帰って謝っといたら? 自分たちのせいで人間に、悪魔や堕天使のことを誤解されてしまいましたってさ。もちろん、この部屋を掃除して僕の願いを叶えたあとにだけどね。でも、堕天使より悪魔のほうが強い力を持ってそうだし、きみはべつにいいや。そうやってうなだれたまま、ずっと立っていたら?」

 洪水のような口撃に、もはやヴェーデルは反応さえみせず、時を止められたかのようにぴくりともしない。みくの声が聞こえないように魔法を使ったとかそういうわけではなく、ただたんに心の働きが止まってしまっているだけのようだ。

 みくは大きくため息をつくと、ピアノの椅子の上で眠りこけるフェルナの前へと歩を進めた。

「おい、起きて僕の願いを叶えろよ」

 乱暴に椅子ごと身体を揺さぶるが、まったく起きる気配はない。スースーと小さな寝息をたてながら、幸せそうに眠っているだけだ。

「ちぇっ」

 みくは舌打ちをすると、本のページが散らばった部屋もそのままに、電気を消してベッドの中にもぐりこんだ。いい加減、自分自身も眠たくなってきたし、起きたままでいると人として情けないことをしてしまいそうだったからだ。

 しかしすぐそこには、大事なところは髪の毛で隠れているにしても、一糸もまとっていない悪魔と堕天使の姿がある。

 悩みとは違う理由で悶々としてしまい、なかなか寝つけないみくであった。

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