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 やられた。まさか俺に白羽の矢が立つとは……

 最悪。

 そんなオプションいらんかった。


 五分ほどシミュレーションをしてみた明崎だったが、やはり面倒そうだという結論にしか至らない。

 ……もうええわ。帰ろ。

 立ち上がった明崎は、ノートパソコンを広げる霧ヶ原に向かって声をかけた。

「じゃあ俺も帰るわー……。バイビ、」

 ガシッ

「おーっとぉ……行かせないよ」

 制服のシャツを掴まれた感触と不気味な声に、ぞわっとチキン肌を立たせた明崎。身体が全く前に進まない。まるで巨石に服の裾を挟まれたような……

 恐る恐る振り返れば、霧ヶ原はその声に似つかわしく、これまた不気味で暗〜い笑みをゾンビよろしく浮かべて、明崎を見上げているではないか。

「せっかく来たんだから、もっとゆっくりして行ったらいいじゃない。ふ、ふふふ……」

「え、ごめんて。……ごめんて! あ、謝るから! その黄泉に引きずり込もうとする亡者の微笑みやめてーっ!」

 本気で怖くなった明崎は喚きながら身をよじるが、霧ヶ原の手はビクともしない。

「でも、ただゆっくりしてるだけじゃ退屈だと思うから、そうだなぁ。明崎には手始めに来月の予定表を打ち込んでもらうとして、」

「ん!? 俺まだ、ひとっ言もここにいるって言うてへん! ちょっとぉー! もしもーし! モシモーシ!?」

 霧ヶ原は聞く耳を持たない様子で、明崎をぐいぐい引っ張ると、自分が座っていた席に無理やり座らせた。ノートパソコンの前に。

 鳥肌が立った。

 そう、一見すると生徒会室はすっきりと片付いていて、仕事が溜まっているようには決して見えない。が、問題はパソコンの中なのである。そこに気も遠くなるような量の仕事がパンパンに詰まっているのだ。

「あれぇー? おかしなことを言うね。僕たちこの半年後には生徒会を掌握して、ゆくゆくは傀儡政権として波江を支配するって崇高かつ高尚な野望を抱いたじゃない。同志なら僕の手伝いもしてくれなきゃ……」

 そんな約束してへん!

 ある日突然キリオ君に捕まって「明崎! 僕はこの半年後に生徒会を掌握して波江の帝王になるんだ!」と熱烈で中二病全開な弁舌を振るわれたから「あーせやねー。うんうんうん、ははーんはーん」とテキトーに相づち打っていただけである。断じて共感した覚えはない。いつから君の同志になった。

「今日のノルマはー……生徒会からのお知らせでしょー 、来月の予定表でしょー、新聞部の原稿確認でしょー……一体何時間かかるんだろうねー。ふふふ、きっと永遠に終わらない」

「ちょ、やめよやめよホンマ! キリオ君帰ろう! 俺も今日は生き別れの弟に会う約束がっ」

 チキ、チキチキチキ

 背後で聞こえる硬質な音に、明崎は身体を凍りつかせた。

 これは……

 プラスチックに収まった細身で鋭利な刀身を、親指で押し上げているこの音は……

「やって」

「はい」

 明崎は完全降伏で従った。さすがにカッターを出されてしまったら……無理だ。

 と、思ったら。

「にしてもホント誰なんだろうね〜、刃ァ入れろっての」

 隣にやってきた霧ヶ原の手を見て、明崎は「あっ」と大きく目を剥いた。なんと、刃は入っていなかったのである。明崎の視線に気づいた霧ヶ原は「何?」と白々しい笑みを浮かべて、刃の替えを引き出しから取り出した。

 あー……

 あー!

 なんなんや今日は! やられっ放しやん! 意味分からんもう!

「手ェ止まってたらいつまでも帰れないよ?」

「………」

 霧ヶ原の冷やかしに答えず、パソコン画面の時計を見た。

 現在、十七時を回ったところである。……確かに、冗談では済みそうにもない。

 絶対十九時には終わらんよな、これ。

 俺、いつ帰れんねやろ……

 明崎は遠い目でパソコン画面を見つめながら、マウスを握ったのだった。


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