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「えっ、そうなんですか?」
霧ヶ原が意外そうに目を見開いて、伊里塚を見た。どうも明崎が来るまで違う話をしていたようだ。
「後少し遅かったらお前無しで話すところだった」
「危な〜っ。逆エビ固め決めとる場合ちゃうかったわ〜」
明崎はそこら辺の空いている椅子を適当に選んで、伊里塚たちの所に持って行った。
「えらく中途半端な時期ですね」
「ホントにな。中途半端も良いトコだ」
「高校来てまで転校生来るとは思わんかったわ」
編入試験とかもあるから、そういうのって稀やと思っとったんやけどなぁ。
「何聞いたろっかな〜? こーゆーのんって質問責めが醍醐味やもんな」
「ううわ、野次馬根性丸出し」
「何言うてるんよキリオ君。君かて転校生おったら、何が趣味なんかとか何処の部位が好きとか気になるやろ?」
「そのどこの部位が何を表しているのかは聞きたくもないけど……自分のことを根掘り葉掘り聞かれて皆に晒される訳でしょ? 嘘ホントごちゃ混ぜになって勝手なイメージばら撒かれそうだし……僕だったらゾッとするね」
「だいじょーぶ。キリオ君そんなか弱い精神ちゃう。で、その転校生どこ来るん?」
「2‐A」
「来たぁーっ!」
明崎はグッとガッツポーズを決めた。
「俺のクラスやん! むっちゃテンションあがるわどうないしよう!」
「あーあ、可哀想。その転校生」
「前の学校じゃあ、ぶっちぎりのトップだったみたいでな」
「へぇ!」
「全部A」
「やっば、天才やん!」
波江高校の天才少年といえば隣の霧ヶ原に、他にも生徒会長や影の女王と何人か名前が挙がるけれど、オールA判定を叩き出す逸材などそうそういない。というかそんなトンデモ存在、まず見たことがない。
ものすごく話題になるはずだ。いや、ものすごく話題にするしかない案件だと明崎は思う訳である。
「で、その転校生なんだが」
「うん」
「明崎、お前に面倒見てもらおうと思ってる」
……は?
笑った顔を固まらせたまま、明崎は伊里塚を凝視した。
伊里塚は涼しい顔で見返してくる。
――聞き間違い?
と思ったら、その後に続く内容が聞き間違いではないことを証明した。
「寮もお前のトコに配置してある。隣の部屋だ。いやー良かったな、リサーチし放題だぞ。つー訳でだ。よろしくな」
「ぅえーっ!! 待って待って! それはちょっと違う!」
一緒に住みたい訳ちゃうねん! そこまでのお付き合いは求めてない!
「めっちゃ軽いノリで決めてるけど……! ってか何でその転校生に関して伊里塚君が色々決めてるん!?」
「お前今日は冴えねぇなぁ。俺が関わってる時点で気付け」
「あ……」
言われて、明崎の中で合点がいった。
……そういうことか。 なるほど。
「ごめん、暇つぶしにこっち来たんかと思ってた」
素直に言ったら「アホか」と一蹴された。
「んな暇じゃねぇ」
「うわ。待って。俺フツーに傍観するつもりでおったわ。軽くイジる気ィしかなかった……」
「だろうな。いや?、世話かけるなぁ明崎。頼むぞ」
「や、だから俺一言もイイって言うてへんし! 何で俺なん!?」
「お前のコミュ力に期待してのことだ。お前相手なら大体嫌でも口開くだろ」
褒めているのか、けなしているのか。まるで分からない。
「キリオくぅ〜ん」
明崎は途方に暮れた子犬のように情けない表情で霧ヶ原を見た。
「キリオ君へるぷみー」
「いやー僕全校生徒をあまねく見渡さなきゃならない立場だからー。……一人ぐらい頑張って?」
くわぁああああっ!
何やそのニコちゃんスマイル! うわくっそ……腹立つっ……!
「……伊里塚君、嘘やろ?」
「ホント」
改めて伊里塚に聞いたが、やはり答えは変わらない。
「もうやめたってよ〜。しんどいわそれ〜。めんどいし〜。気ィ遣わなアカンし〜」
「何だかんだ言って楽しむだろ、お前」
「そーゆー決め付けって良くないと思う。うん。したらいけないと思う」
「いーからやれクソガキ」
「うわっ、化けの皮が」
「いちいちうるせぇわ。何だ? 海苔巻いたマシュマロ食わされてぇか? え?」
伊里塚に凄まれて、というより「マシュマロ」という単語を聞いた瞬間、明崎は顔面蒼白になった。首をブンブンと横に振る。
マシュマロはあかん。無理死ぬあかん。
「明崎はイイコだから転校生の面倒も喜んで見てくれるんだよな?」
うん、そう! 俺イイコだから転校生の面倒も喜んで見ます!
「そうだよなぁ? マシュマロ食いたくねぇよな?」
明崎は引き攣った微笑みを浮かべながら、壊れたように何度もコクコク頷いた。マシュマロはトラウマレベルで嫌いである。
「いやー、俺は本当にイイ生徒を持ったな。つくづく思うわ」
「あ、あはははは」
「ハハハハハ。……よーし、帰るか」
「ああああ伊里塚君、これってホンッッマの話なん!? ドッキリちゃうの!? ホンマはドッキリなんちゃう!?」
「往生際の悪い男は嫌われるぞー。そもそも報告書はこれで提出してるし、俺は決定事項を伝えに来たまでだ」
「……決定、事項?」
明崎はついに呆然と伊里塚を見つめることになった。
……それもう、最初っから拒否権無いやつやん。
「あー。何でこう、お前と話すと疲れんだろうね全く」
立ち上がって、ぐーっと身体を伸ばした伊里塚はそのまま生徒会室から出て行ってしまった。
「あー……ぇええ……」
残された明崎は頭を抱えて呻くしかないのであった。