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第三話 目には目を、奇襲には奇襲を その1

 原理主義を標榜する一味は、西棟三階の廊下に陣を構えていた。

 三年生は都合よく昨日より修学旅行に旅立っており、フロア全体がもぬけの殻となっていた。

 女子たちは一度教室に戻った後、今は三年六組の教室にこもっていた。レモン果汁と飛び火したマヨネーズに塗れた制服を着替えるためである。

 廊下に残っているのは詰襟を来ている比奈子だけで、彼女は男子が教室を覗いたりしないように監視の任務に就いていた。

 男子の詰襟はことごとく徴収されていた。

 雪斗は一人、上半身裸になってレモンとマヨネーズの匂いのする香ばしいワイシャツを廊下の水道で洗濯していた。

 その横で、紳一郎は携帯をいじり続けていた。

「どうだ」

「工作は上々。あとは仕上げを御覧じろ、ってね」

「それより、ユキは熱くなりすぎてない?」

「いや、まだまだクールだぜ。これくらいなら体育でやるサッカー程度じゃないか。もう高校生だぜ、ガキは卒業したんだ。あいつがいるわけでもないのに、熱くなったりなんかしないぞ」

 懐かしい「あいつ」の姿が脳裏に浮かんでくる。髪を乱しながら走り寄ってくる血走った赤い目の、足癖の悪い少女。だが、もうあいつはいない。

「ユキがそういうなら、信じるけど。もうボロボロにされたくはないからね」

「それはシンが弱いだけだろ。ひょろひょろしてるのが悪い」

「ま、今の恰好でボロボロなのはユキのほうだけどね」

「やかましいわ」

 雪斗はワイシャツを雑巾絞りにして水分を流す。広げては絞り、広げては絞りを繰り返し、ようやく納得できる程度に水分を出し切る。

 先に洗濯を終えたTシャツを着こみ、その上からワイシャツを羽織る。

 水分が肌にまとわりついて少々気持ち悪いが、替えがない以上は仕方がない。

 雪斗が苦闘している間も、紳一郎は携帯から目を離さずにいた。

 二人が水道を離れるのと同時に、ガヤガヤとにぎやかな声が聞こえてきた。

 女子たちが着替えを終えて教室から出てきたところだった。

 詰襟姿か、体操着を着込んでその上からセーラー服を着るという装いをしていた。

「これで、多少はマシかな」

「石川。ずいぶん面白い恰好だな」

「透けるよりはいいからね。てーか、あんた見たでしょ」

 下着が透けて見えても立ち向かっていた女生徒も多かったが、それは羞恥心を隠していただけであったのかもしれない。

「あー恥ずかしいなぁもう。忘れてね」

 雪斗は石川夏帆の顔から少しだけ視線を下方へと下げた。クラスでも有数の胸部を誇る夏帆のバストが、きつそうに体操服に押さえつけられ、その上にセーラー服で覆うことでそのサイズを覆い隠していた。

 とはいえ、その大きさはセーラー服を押し上げるには十分であり、腹部はセーラー服が覆い隠せず、体操服がよく見えた。

「どこ見てるのさー」

 少し恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうな夏帆。

 と。

「あいたっ」

 雪斗が足に突如湧いた痛みに飛び跳ねる。

「あはは、ごめんね委員長」

 雪斗の足を思いっきり踏みつけた比奈子に、夏帆が謝罪する。

「悪いのは、宮本君だから」

 そう断言した。

「すまん、委員長」

「那波比奈子」

「ん?」

「委員長、はナシ」

「あ、ああ」

 名字で呼ぶべきか、名前で呼ぶべきか。フルネームもありかもしれない。雪斗はしばし脳内で反芻すると、意を決して口を開いた。

「比奈子」

 比奈子は、嬉しそうに笑顔を見せた。

 夏帆はその場から離れながら、

「あーあ。もう尻に敷かれてる。ちぇー、仕方ない、宮本君は諦めよう」

 と呟いた。

 別に、もともと狙っていたわけではないが、この戦争の前線に立つ姿を見て、ちょっといいな、と思った程度でしかない。

 そこに紳一郎が並んできて、自分に親指を向ける。

「ミー! ミー!」

「あんたは猫か」

「いやいや、そうじゃなくてそうじゃなくて」

「……うーん。かっこいいとこ見せてくれたら、考えてもいいけど」

「うぐぐ、それは難しいな。体を動かすほうは苦手なんだ」

「知ってるって」

 あはは、と笑い飛ばす夏帆。恋に恋するお年頃ではあるが、軽くはなかった。


 不意に震えた携帯を開き、届いたメールの文面を読み終えるや否や、紳一郎は喝采を挙げた。

「おっし、二年の全クラスを巻き込んだぜ」

 その言葉と時を同じくして、一フロア下から大きなウォークライが轟いてきた。それは二年生七クラス分の轟きだった。

 声に合わせて、どどどどどと校舎がわずかに振動する。

 喜び勇む兵が合流のために移動を開始した、軍靴の響きのようにも思えた。

「よくもまあ、そんなことを。何をしてるのかと思ったら」

 紳一郎の肩に手を置きながら、雪斗が悪友をほめたたえる。

「きっかけはマヨネーズ派さ。あいつらが先んじて他クラスから自派を集めてたんだ。だから、思ってたより扇動が楽だったよ」

 二年四組が分裂したとき、改革主義は四人の小勢力だった。だが、先ほど来た支援はその二倍を超える人数だった。

 まさか、そんなカラクリがあったとは、雪斗は思いもしなかった。

「このあとはどうするの?」

 比奈子が尋ねてきたので、紳一郎は一度、全員に集合を掛けることにした。

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