第二話 戦場の少年少女 その4
「そろそろ、吐いたほうが楽になれるよ」
紳一郎は捕虜の尋問を続けていた。
その側で雪斗は、捕虜が逃げ出したりしないように見張りをしているが、原理主義者の大半は座りこんでのんびりとしていた。
「知らん」
井出晋は頑として口を割らなかった。
逃げ出そうというそぶりも見せない。
と──
「死ねやああああああああああああああああああああ!」
「うおおおおおおおおお!!」
大量のレモン果汁水風船が原理主義者たちに降りかかった。
「ぬわあああああ」
突然の奇襲に、原理主義者たちは慌てふためく。体勢を整えようとしたところに、捕虜たちが掴みかかってきて動きを阻害してきた。
「ふははははっ!」
雪斗も左右から掴みかかられ、それを振りほどこうとする間に、レモン果汁の爆撃を何発も食らってしまう。
「目がっ! 目がああああああ!」
「すっぱ! すっぱすぎるううううう」
そこかしこから悲鳴が上がる。
捕虜たちによって動きを制限された原理主義者たちが、次々に攻撃に晒される。
後方へ避難しようにも、背後にあるのは先ほど崩したバリケードの残骸。放置していたことが仇となり逃げるに逃げられない。
「あははははっ! ザマァないねぇ!」
春歌が、数メートルの距離から雪斗の顔を目がけて水風船を投げつける。破裂する風船の痛みと、目や口に飛び込んでくるレモン果汁が容赦なく雪斗を襲う。
左右から掴みかかってきたクラスメートの男子二人を跳ね除けられず、雪斗はされるがままに攻撃されていた。
目が、口が、鼻が、レモン果汁の大量爆撃に多大なダメージを受け、脳がその刺激からの解放を求めて危険信号を発してくる。
次々と仲間たちが倒れていく中、雪斗はギリギリ踏ん張って耐えていたが、長くは持ちそうもないと感じていた。
この奇襲で、原理主義者たちは壊滅的な被害を受けてしまった。
「わたしたちの勝ちよ!」
佳乃の宣言に沸き立つ自由主義者たち。
もはやこの戦争の勝利は確実だった。
「知ってるか、詰めが甘いってのはこういうことさ」
そんな声に合わせて、自由主義者たちに純白の紐が飛び込む。
白い奔流が軽い音を立てて戦場を蹂躙し始めた。
「マヨラー突撃!」
自由主義者の背後から、マヨネーズの容器を構えた一団が襲いかかった。
雄叫びをあげ、十人ばかりの改革主義者たちが自由主義者を攻めたてる。
星型の穴から放出されたマヨネーズが束となり、自由主義者たちを白く染め上げられていく。
「な、なんでっ!?」
そんな疑問が佳乃の口を開いたが、それに答える者はいなかった。
マヨラーたちは自由主義者にとびかかり、口にマヨネーズを突っ込むと容赦なく容器を絞る。
「ふははははっ、マヨに溺れな!」
マヨネーズで口内をあふれさせた自由主義者たちが次々と倒れていく。
突然の闖入者の出現に、自由主義者たちは混乱した。捕虜のフリをした者たちも、思わず手を放して原理主義者たちを解放してしまう。
押し倒され、マヨネーズ塗れになる自由主義の仲間たちを見て、ようやく佳乃や春歌は呆然としてしまった状態から戦争状態へと意識を切り替える。
手に持った水風船をマヨラーたちに投げつけるが、それをものともせず、攻撃を緩めない。
「ふははははは、知らなかったのか、マヨネーズにはレモンが入っているのさ! レモン果汁など恐れるに足らず!」
「な、なんだってっ!?」
頼みの綱のレモン果汁が、効かない。
自由主義者たちは、その一言に恐怖した。屈強な原理主義者たちをも退ける武器が、その効果を発揮しない敵が現れるなど、想定していなかった。
武器に頼っていた自由主義者たちに、諦観が伝播していく。
「てっ、撤退! 撤退ぃぃぃ!!」
顔の半分を白く染めた春歌が叫んだ。
このままでは全滅する、その確信があった。
春歌は突進してマヨラーたちを蹴散らし、血路を切り開く。その脱出口に自由主義者たちが殺到した。
その勢いに押され、改革主義者たちは脱出を許してしまったが、それを追ったりはしなかった。
「助かったよ、本山君」
自由主義者たちが残らず逃走した後で、紳一郎が優一に声を掛けた。
「今回だけだ」
優一は短くそうとだけ言った。
その横に立った智子が紳一郎から少しだけ顔を逸らしながら、横目で見つつ、
「そ、そうよ。今回だけなんだからねっ」
と優一と同じことを言う。
「うん、ありがとう清水さん」
「べ、別にアンタのためじゃないんだから……」
頬を染める智子。
「約束は、覚えているな」
「ああ、もちろん。ちゃんと、マヨネーズでから揚げを食べる。みんなの前で、だ」
その紳一郎の発言に、原理主義者たちの間にどよめきが広がる。
「そう、それでいい」
ではな、と言い残して、改革主義者たちはその場を後にした。
残された原理主義者たちは、ひどく消沈していた。
「おい、シン」
「ん?」
「あんな約束してたのか」
「ああ、した。それでキミらを助けられるなら、喜んで犠牲になろう」
「シン……」
「あはははは、笑ってくれよ。から揚げに何かをかけることが邪道と言いつつ、それを条件に交渉をするのさ。これを道化と言わずになんと言えばいいんだい」
大げさに手を広げ、紳一郎は雪斗に言う。
それを見た雪斗は、とても自然に言葉を発していた。
「お前、かっこいいぜ。女だったら惚れてたかもしれない」
「よせよ、気持ち悪い」
「分かった、おれも協力しよう。秘蔵の味塩胡椒をたっぷりかければ、マヨネーズなんて目じゃないぜ」
「胡椒だけでいいじゃない」
そこに、比奈子が入ってきた。
「マヨラーは大量にマヨネーズをかける連中よ。その量は並じゃないわ。それに勝てるのは胡椒だけ」
「いやいやいや。ならなおさら、味塩胡椒で味を切り替えるべきだろう」
それを聞いて、から揚げに情熱を傾ける連中も、こぞって自分の意見を言い始める。
「砂糖よ!」「塩だろう」「意外性をとってみりんだな」「紫蘇を巻くのも上手いぜ」「お前ら、生姜を忘れてるぞ」
紳一郎の犠牲も、気が付けばから揚げのおいしい食べ方へと、話がそれてしまったことに、誰もが気づかなかった。
しばらくの間、から揚げにかけられるマヨネーズをどうするべきか、場が白熱することになった。