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第二話 戦場の少年少女 その3

「ねえ、さっきの電話さ」

「どこから聞きつけたのやら」

 智子が訪ねると、優一は大仰に首を振り、そうとだけ答えた。

 三十人ばかりが集まっている視聴覚室に、改革主義者たちはいた。

「田辺君?」

「ああ」

「べ、別に田辺君に恩を着せたいとか感謝して欲しいとかじゃないけど、助けてあげても──」

「怒られちゃうからね」

 優一は、智子の言葉を遮った。

 レモンの有無などという小さなことに拘る連中とは一緒にいられない、そう判断した改革主義者たちは二階を捨て、三階に移動した。さらに教室棟のある西校舎ではなく、特別教室のある東校舎だ。

「むしろ褒められるかもよ?」

「とはいえ、マヨ派が多数派とはいえ、半分もいないんだなぁ」

 様々な味のから揚げを楽しむ、そんな改革主義は様々な主義の信奉者を集めていたが、一枚岩ではなかった。

 大きく、マヨネーズ派、ケチャップ派、その他調味料と別れている。

 取りまとめているのは優一ではあるが、マヨネーズ派はギリギリ与党であるだけで、人数比で言えば野党のほうが多くなる。

「褒・め・ら・れ・た・く・な・い?」

 智子が、そっと耳元で囁いてきた。

 優一はそれには返答せず、脳内シミュレーションを行っていた。

 むっちりした太もも、それを覆う黒いタイツ。あの方は褒めてくださるのだろうか。

 思案を続けていた。


 定期的に数人を前線に進ませては下がらせる。

 それを交代交代で行うことで、自由主義者たちを常に緊張させ、待機部隊は休息を取る。

 原理主義がそんな作戦を続けることしばし、やがて自由主義者たちの迎撃が散漫になってきた。

「そろそろ攻め時だ」

 前線へと上がってその迎撃具合を確認し、意気揚々と後方へと下がってきた雪斗が、原理主義者たちへ宣言した。

「今なら、奴らを蹴散らせることが出来る」

 兵士の顔をしたクラスメートたちを見回し、頷きあう。

 まるで特攻隊の隊長みたいだ、と雪斗は思った。もちろん、自身は先頭に立つつもりである。

「から揚げにレモンをかけるなどとほざく連中を駆逐する」

「おおおおお!」

「行くぞ!!」

 そう叫び、雪斗は走り出した。

 それに続く原理主義者たち。

 二年二組を超え、三組を超えた頃に、ようやく自由主義者たちは原理主義の一大攻勢に気付いたようだ。

「うおおおおおおおおおお!」

 それをきっかけに、原理主義者たちの雄叫びが廊下に響き渡る。

 遮られることもなく、バリケード前に到達する。慌てふためく声が、その向こうから聞こえてくる。

 机に蹴り、蹴り、蹴り。体当たり、引きはがし。何とかして、このバリケードを破壊しようとする行動が、廊下一面で繰り広げられている。

 向こう側で押さえつけていた生徒たちの悲鳴が聞こえてくる。

 原理主義者たちは代わる代わる助走付きのジャンプキックを続けた。上履きが机を叩く音が途切れることなく廊下にこだまする。

 ついには、一か所が押し込まれると、机のバリケードが崩れ落ち始めた。

 それを好機と見て、さらに攻撃を繰り返す。

「いっけえええええええ」

 まさに怒涛と言うべき勢いで机の壁を崩しにかかる。

 やがて高かった防壁は、崩壊した。


 原理主義者たちの攻撃によって、廊下の決戦は決着した。

 机の下敷きになって気を失っている者、手を挙げて降参の意を示す者、逃げ出す者。

 机はただの山となり、廊下に積み上げられていた。もはや壁にはならないが、移動の妨げにはなる程度には邪魔だった。

「人数が少ないぞ」

 数えてみれば、十人ばかりの自由主義者だけが、壁を維持していたことが分かった。そして、中心にいたはずの連中の姿が見えない。

 あっさりと決着がついたが、これはまだ決着ではないようだ。

「おい、残りはどこだ」

「し、知らない……」

「わ、我々はジュネーブ条約に基づいて、捕虜としての扱いを求める!」

「残念、君たちはは批准していないから対象外だよ」

 後方から合流した紳一郎が捕虜の尋問を行っているが、奴らの口は堅く、残存勢力の行方は杳として知れない。

「ともあれ、とりあえずは落ち着いたな」

 捕虜たちを壁に並べながら、紳一郎が雪斗に声を掛けてきた。

「だな。さて、どうするかなぁ」

 原理主義者たちは、座り込んで一息ついていた。各々、全員とは言えないがレモン派を退治したことで盛り上がっていた。


「油断してるねぇ……」

「もうちょっと、かな」

 階段からバリケードの崩壊を見ていた春歌が、佳乃に言った。

 六人ばかりの自由主義者の分隊は無事であった。

 両腕で水風船を抱えた輜重兵、両手に水風船を一つずつ持つ投擲兵、そして突撃する者たち。

 役割を決め、奇襲を行う準備を整え終えている。

「それにしても、こんな卑怯な作戦を思いつくとか、佳乃ったらサイコーにワルだね」

「近代スポーツは作戦が大切なのよ」

「さすが陸上部マネージャー兼次期部長」

「部長は断ったってば」

 小声で、それでも楽しそうに言葉を交える二人。

 しかしその目は、原理主義者たちの観察から逸れることはなかった。

 捕虜を尋問している一部の生徒以外、廊下に座り込んで休息を取っている。

 障害物だった机の片付けは、まだ行われていない。それが、最大の決め手だった。

「じゃあ、そろそろ行こうか。机の片付けをそろそろ始めるかもしれない」

 佳乃が言った。

「オッケー」

 二人は顔を引っ込め、自由主義者たちに簡単に指示を出す。

 彼らは駆け出す準備を始めた。

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