表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/41

第二話 戦場の少年少女 その2

 春歌はそのまま背後に顔を向けると、自由主義者たちに指示を出した。

「今よ!」

 何人もの自由主義者たちが防壁の上から顔を出してきた。

 そして、手に持った武器を投げ付けた。

 雪斗にではなく、比奈子たち投擲部隊へと。

 動きを止めた雪斗に攻撃をするなんてもったいない。そういう意思が伺い知れた。

 カラフルな色の球体が、廊下に展開して絞りカスを集めている部隊を目がけて投げつけられ、当たった衝撃で四散する。

「うわあああ、レモン汁だああああああ」

「ぎゃあああああ」

 目を口を押さえつけて原理主義兵たちは転がった。

 自由主義者たちは、レモンを絞りカスとレモン果汁とに分離させ、そのレモン果汁を水風船に入れて投げつけてきたのだ。

 その新装備によって、原理主義の前線が一気に混乱した。

「へっへっへ、セーラー服がすっけすけだぜぇ! さいっこー!」

「あははははは、あいつのブラ、ピンクだぜー!」

「お、白いブラだとすっげーエロいな!」

 下種な自由主義者たちが、レモン果汁の爆撃を受けた女生徒たちを揶揄していた。

 レモン果汁に襲われた原理主義者の女生徒たちは、濡れたセーラー服が肌に張り付いてしまい、ボディラインの露出のみならず、下着の色までもが透けて見えてしまう状態になっていた。

 原理主義者の前線が完全に崩壊した瞬間であった。

 泣きわめいて逃げるセーラー服、胸元を押えてしゃがみこんでしまうセーラー服、それを見て鼻の下を伸ばす詰襟たち。

 ようやく目が回復した雪斗は、その中でも毅然と立ち向かう一人の少女を見た。

 比奈子だった。

 目には少しだけ涙を浮かべていたが、それでも強い意志を持った瞳が、顔を出した自由主義者たちを睨み付ける。

「やっぱりレモンは最低だわ!」

「最高の賞賛をありがとよ! 次! 急げ!」

 比奈子の非難も酷い笑顔で受け止めつつ、自由主義者たちはさらなる攻撃を敢行する気配を見せる。

 雪斗はすばやく比奈子に近づくと、正面から抱きしめた。

「ちょっと、いきなり何するの……」

「いいから」

 文句を言いはしたが、比奈子は抵抗をしなかった。

 雪斗は背を自由主義者に向けて、その視線から比奈子を覆い隠すと、すばやく詰襟を脱ぎ、それを比奈子の背からまとわせた。

「とりあえず、詰襟なら透けることはないだろ」

 ぽかん、と雪斗の顔を見た比奈子は、少しだけ考えて得心言ったように頷いた。

「ありがとう、宮本君」

 とても素敵な笑顔で礼を述べた比奈子が、とても可愛らしく見えた。思わず赤面してしまった雪斗は、顔をそむけた。

「一応、付き合ってるんだからな。他の奴には見せたくないだけだ」

「ええ。でも、今のところは宮本君にも見せる気はないけど」

 薄いグリーンの下着が透けて見えていたことは、内緒にしておこう、と雪斗は思った。

 そこに、第二の爆撃が飛んでくる。

「あいつよ! あいつをヤるのよ!」

 ヒステリックに叫ぶ春歌の指示で、水風船は雪斗を集中して狙ってきた。

 いくつもの水風船が雪斗の背で破裂し、レモン果汁をまき散らす。

「あいてっ」

 水風船の破裂が、意外とダメージとして大きかった。レモンに濡れ、肌に張り付いたワイシャツが防具として機能せず、ダメージをそのまま素通りさせていた。

 ゴムの弾ける衝撃が、想像以上に痛い。

 これはきついと、雪斗は比奈子の手を掴むのと同時に後方へと走り出した。


 二年一組のあたりまで下がると、レモン爆撃は来なくなった。不安定な足場と慣れない投擲では、ここまで攻撃が届かないようだ。

 廊下から下げられた負傷兵も合流し、総勢十余名の原理主義者が勢ぞろいする。

「ユキ、もう少しだけ粘れるか」

 携帯を片手に、紳一郎がそう訪ねてきた。レモン果汁も、レモンの絞りカスの残滓も一切見当たらない、とても綺麗な姿である。

 前線に出ていないことは明白であったが、雪斗はそれを咎めたりはしない。

 前に出て戦うタイプでないことは中学時代から知っているし、何より紳一郎が裏で動いているのであれば、きっと勝つために何かをしているのだろうと、そう信じていた。

「ああ、任せろ」

 雪斗は何も聞かず、そう答えた。

「少し休憩したら、また行くぞ。今度こそ、奴らを蹴散らしてオレたちが勝つ!」

「おお!」

 士気は依然として高かったが、武器と防具の差は大きく、どうすれば勝てるのか、雪斗には見当もつかなかった。

 そういうことを考えるのは紳一郎にいつも任せている。だから、きっと何とかするだろう。

 壁に背を預けて目を閉じていると、顔に柔らかい布の感触を感じ、雪斗は目を向けた。

 それは比奈子が濡れたハンカチを当ててきていた感触だった。

「レモン、目に入ったんでしょ」

 そう言って、顔をハンカチで拭いてくれる。ハンカチが鼻の近くを通ったとき、とてもいい匂いがした。

 少し丈の長い詰襟を着込んだ比奈子は、雪斗の顔を拭き終わると、それをスカートのポケットにしまいながら聞いてきた。

「勝てる?」

「勝つ」

 雪斗はそれだけ答えた。

 満足な答えが聞けたのか、比奈子はそれ以上聞かず、雪斗の隣に座り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ