第二話 戦場の少年少女 その1
西校舎の二階には二年生の教室が八クラス分並んでいる。
そのほぼ中央に位置する二年四組の前には、教室中の机を使ったバリケードが構築されていた。
教室内での交戦を回避した原理主義者たちが教室を飛び出すのと同時に、自由主義者たちが机を廊下に運び出して積み上げて作り上げたものだが、無手の原理主義者たちの侵攻を防ぐには充分な盾となっていた。
「チッ!」
原理主義者たちは、攻めあぐねていた。
何度机に突撃しただろうか。何度、机を崩しかけただろうか。
その度に机のバリケードは強度を増していく。自由主義者の大半が、机を押さえつける役に駆り出されていた。
そして壁の向こうから絞りつくされたレモンの抜け殻を投げつけられ、それをイヤがって大げさに避けることで、足が止まってしまっていた。
絞りカスとはいえ、目や口の近くに当たればわずかに残ったビタミンCの液体が飛び散り、目が染みる、口が酸っぱい等の大ダメージを負ってしまう。
「レモンなんぞ絞りやがって、奴らきっと向こうでから揚げをレモン塗れにしてるに違いないぜ!」
誰かのアジテーションが原理主義者たちを鼓舞し、何度も何度もの吶喊が繰り返される。
「レモン信者どもを蹴散らせぇぇぇぇ!」
「から揚げばんざぁぁぁい!」
自らの信じるもののため、原理主義の生徒たちが武器も持たずに戦場を突き進む。
雪斗が幾度目かの突撃を敢行しようとする頃には、廊下には倒れ伏した原理主義者が何人も転がっていた。
急きょ編成された救護班が、一人ずつ後方へと送り返していく。
詰襟もセーラー服もない。ここは戦場だった。
「おらああああああああああああっ!!」
二年一組のあたりから右へ飛び左へ回避しながら、雪斗は全速力のダッシュでバリケードへと突き進んでいく。
雪斗の疾走に合わせて、原理主義者たちが何人も付いてくる。
始まったばかりの戦に、いまだ誰もが勝利を夢見ていた。必ず、レモン信者どもを打ち砕いてみせる、と。
机のバリケード上方に開いた、一メートルばかりの隙間から姿を見せる自由主義者どもが、胸元に抱えたレモンの絞りカスを投げつけて迎撃してくる。
「死ねやああああ!」
飛び交う絞りカスを時には食らいつつも、それでも雪斗は歩みを止めなかった。やがて、バリケードに肉薄する。
ジャンプ。そしてその勢いのままの蹴り。
激しい音と共に、机が悲鳴を上げる。
しかし、何人もの生徒が押さえつける壁は、雪斗の蹴りを跳ね返した。
押し切れず、そのまま着地する雪斗を目がけて、自由主義者たちが頭上から多量の絞りカスの雨を降らせる。
頭を腕で隠しながら、数歩、後ろに下がる雪斗。
「大丈夫?」
廊下に散った絞りカスを集め、投げ返している部隊の比奈子が声を掛けてくる。
散発的な投擲ではあったが、当たりたくない自由主義者が頭を引っ込めることで、原理主義者たちが廊下に立っていられる程度には時間が稼げていた。
「ああ、心配ない」
後方に下げられていた負傷兵が、少しずつ復帰してきたことにより、原理主義者はわずかに戦線を押し上げることが出来ていた。
雪斗は爆撃の止んだ今を好機と見て、再びの攻撃へと移行した。
中段の机を蹴って上段へと駆け上がる。
だが、それを待ち構えていた自由主義者の反撃が舞い散る。
とっさに顔面を腕で覆い隠すが、防ぎきれなかった絞りカスがいくつも直撃する。
「くっそぉぉぉ」
体勢を崩し、廊下に落下する。
必至に目をこする雪斗。絞りカスから飛び散ったレモン果汁が、目に入ってしまった。
「うおおおおお、しみるううううううう」
目を開けていられない。
しゃがみこんでしまった雪斗を嘲笑うように顔を出した春歌が、
「あっはっは、ザマー!」
と喜んでいた。