第一話 プロローグ その4
一方で、取り残されていた第三勢力は、とてもまったりムードだった。
「お蘭ちゃん、僕らは高みの見物でいいよね」
「蘭お姉ちゃんと呼んでって言ってるでしょ!!」
気だるそうに椅子に座っている本山優一がそう声をかけると、立ったままの沼田蘭と目が合う。
四月二日が誕生日で学年で必ず最年長になる蘭は、しかし座ったままの優一と目の高さが同じであった。
お姉さんと呼ばせるのは、難しい問題だった。
「はいはいお姉さんお姉さん」
清水智子が、頭を撫でながらそう呼んであげた。
お姉さんブリたいのに、誰にも子供扱いされてしまうことに蘭はとても理不尽さを感じていた。
「どうでもいい。潰しあえばから揚げ麻婆が世界を牛耳るだろう」
「ソースがいいのよ、ゴウちゃん」
ゴウちゃんこと戸山剛三は名前の体格は良いが、実際はひょろ長い。
「はいはいマヨネーズマヨネーズ。ヒロミ先生がマヨ派だし、ぼくはマヨ派さ」
「どっちにしても、異端なのよね」
「ふん、先進的な改革者は常に最初は異端とされるものだ。今が異端であるかなど、どうでもいい。最終的に勝てばいい」
原理主義者も、自由主義者も、彼ら第三勢力、改革主義者たちを気にも留めていなかった。
気に留めるほどの存在ではなかった。
「そろそろ別れようと思ってたの、いい機会だったわ」
比奈子は静かにそう言った。
「元々好きだったわけじゃないし。付き合ってから好きになるかな、って思ったけど、そんなことはなかった」
邦和はその挑発に、こめかみをピクピクとさせる。隣にいる晋が存在感を示しており、飛びかかろうとしてもすぐに押さえつけられることは想像に難くなく、邦和はただただその言葉を聞かされていた。
自己主張が強くないと思われていた少女が、これだけハッキリと言うのは初めてではないか、と雪斗は思った。
「宮本君のことは今はまだ好きってわけじゃないけど、きっと好きになれる気がするわ。レモンをかけない、というのはとても大切なことよ」
「そうか。やはりから揚げには味塩胡椒が最適だよな」
「胡椒だけで十分よ。まぁ、レモンではないから許してあげるけど」
二人の会話を聞かされていた春歌の額には青筋が浮かんでいた。
しかしいまだに背後から締め付けてくる佳乃の温かさに、少しだけ冷静になれる。本当に少しだけだったが。
セミロングの髪に隠れて比奈子の顔は見えなかったが、これは確実に戦争へと誘導する発言だと雪斗にも分かる。雪斗にさえ、分かる。
「もう戦争よね。これは戦争しかないでしょう」
落ち着きを取り戻した春歌の肩に手を置きながら、佳乃がそうきっぱりと言った。
その声を聞いた、自由主義者たちはそれを受けて盛り上がる。
春歌は原理主義者たちを一瞥してから、黙って頷いた。
「まったく、ハルちゃんもカノちゃんも仕方ないなぁ」
加山映美が二人の横に並び立つ。
「佳乃、映美。頼りにしてるよ」
「おいおい、戦争だってよ。ヒヒッ、楽しみだなぁ」
教室の後方で、和田輝が暗い笑いを浮かべる。
たった四人の、原理主義にも自由主義にも迎合しなかった、改革主義者たちはいまだに静観を続けている。
「ダメよ、ワダヤミちゃん。そういうこと言っちゃ、め~です」
「ああん、お蘭カワイイなー! な、なんて言ってあげないんだからね!」
清水智子が、女性誌に特集されたものをトレースしたようなツンデレセリフを吐く。
次はツンデレか、と思ったが言わないのが改革主義者たちの優しさだった。
「とりあえず、手は打っておくか」
輝は携帯を開いてメールを送った。
自由主義者たちの決意が伝播して、原理主義者たちにも参戦ムードが広がっていく。
雪斗は、それを受けて立つ。
「てめぇら、やんぞ!」
「ユッキー! ユッキー!」
煽られて右の拳を突き上げる雪斗。
それを見た原理主義者たちが、さらに喝采を挙げる。
「シン、背中は任せるぜ」
雪斗は左の拳を紳一郎に向け、紳一郎は無言で右の拳をそれに合わせる。
言葉などそこには不要である。
「「戦争だ!!」」
両陣営から声が上がり、自由主義と原理主義の戦争が、始まる。