第十三話 エピローグ その1
マヨネーズ派を仲間に加えた原理主義者と、数で勝る自由主義者の戦いは熾烈を極めていた。
味方が倒れ、敵が倒れる。敵を倒し、味方が倒される。
そんな戦闘が長く続くわけもなかった。
「いいんちょ、無事?」
「……無事な人が、いるとでも?」
「ごもっとも」
もはや倒れずに残っているのは、両陣営合わせても数えるのが容易な程度でしかなかった。
戦争というの条件で見れば、もはやどちらも全滅と言うべき被害率だ。
と、廊下に獣のような叫びが轟いた。
「勝ったみたい、だね」
「そうね」
「嬉しそうにして、いいよ」
紳一郎の助言に耳を貸さず、比奈子は足元に転がっていた水風船を拾い上げると、残っていた敵に投げつける。
ばちゃ、と水分の飛び散る音が当たった自由主義者の側で鳴る。
どうやら、レモン果汁のたっぷり詰まった水風船を投げてしまったようだ。
敵も何か投げるものを探す素振りを見せるが、すぐさまそれを止め、座り込んでしまった。
それを見た自由主義の生き残りも、指揮官に合わせて廊下にへたり込む。
「チバカノちゃん、それは終戦ということかな?」
「……そうね、正直、これ以上の継続に意味がないわ」
紳一郎が座り込んだ女生徒にそう声を掛けると、質問への同意する返答が届いた。
それを聞き、力が抜けたのか比奈子も座り込んでしまった。
「オーケー、とりあえず終わろうか……」
紳一郎もそう言うと廊下に座り込む。
しばらく座り込んでいると、廊下の端から歩いてきた雪斗が到着した。
「おかえり」
「シン!? お前、生きてたのか……」
心底驚いたような顔をする雪斗に、紳一郎は呆れかえったが、とりあえずと答えた。
「はは、死んだ振りだよ」
「ああ、そういえばそんな得意技があったな」
「誰のせいで得意になったと思ってるのさ」
紳一郎が肩のあたりで掌を雪斗に向けると、雪斗はそこに掌を打ち付けた。
ぱぁん、と小気味良い音が渡り廊下に響き渡る。
「しんどかった。もう動けん」
雪斗もそこに座り込む。もう、廊下に立っている者はいなかった。
無言で見つめてくる比奈子に、雪斗は乾いた笑顔を向けた。
「ボロボロすぎて、笑うのもしんどい」
「よかった、無事で」
「無事、と言われるほど無事でもないぞ」
つ、と垂れてくる血を雪斗は拭い取った。
「こんなふうに」
だが比奈子は、ひまわりのような笑顔を見せた。
「こうして、笑って、話が出来るなら、無事って言うの」
「そっか」
「そうよ」
比奈子が手を伸ばしてきたので、それを雪斗は握りしめた。
「なんだ、惚れたか」
「うん」
「……そ、そっか」
茶化したつもりだったが、まっすぐに返答され、雪斗は言葉に詰まった。
「楽しかった。あと、かっこよかった」
「……」
雪斗はストレートな好意を向けられて、どうにもこそばゆい気分だった。だが、悪い気はしなかった。
「薄々とは感じていたけど、不良だったんだね」
「薄々!? 思いっきり隠してたんだけどなぁ」
「教室でしょっちゅうキレてたじゃない。みんな気付いてても言わなかっただけ」
「なんと……おっかしいなぁ。中学の同級生なんか、同姓同名の別人だと思ってたらしいぞ」
「……それほど荒れてた?」
「ま、まあ。それは置いておいて」
一呼吸おいて、雪斗は続けた。
「怖がったりしない、のな」
「怖くないから」
「ああ、そうですか」
はっきりとそう言われてしまうと、雪斗はそういうものかと納得しそうになる。
「うん、そう」
春歌と付き合っていたときには感じられなかった安らぎが、ここにある気がしたが、雪斗はそれを口には出さない。
「今、別の女のこと考えてた」
「え、いや、別に、そんなことは……」
「うそ」
「……ごめん。でも、比奈子はいいな、って比較してただけだから……」
「それでも、ダメ」
「はい」
雪斗は、なんだか調子が狂うのを感じた。だが、悪くないとさえ思う。これもまた、一つの形なのかもしれない、と。
「雪斗」
ふと後方から紳一郎の呼ぶ声が聞こえ、雪斗は振り向こうとした。
その瞬間、雪斗の頭部に強い衝撃が打ち込まれ、体ごと前方に投げ出された。




