第十二話 決着 その3
こめかみに、キレイに一撃をもらってしまい、雪斗は体をよろめかせた。
「ちっ」
頭がぐわんぐわんと揺れる。距離を取って追撃を避ける。
今のはいい一撃だった。
目を真っ赤に血走らせる紅蜂が、さらに蹴りを繰り出してくる。
体勢を整えることを許してはもらえず、次々と飛んでくる蹴りを右に左に叩き落とすだけで精いっぱいだった。
攻撃に転じる余裕もなく、一方的に攻め続けられてしまっていた。
「いいよいいよ! ほらほら!」
上段回し蹴りを防御すると、その足を宙に残して体ごと捻って正面へ足裏の突き。一歩下がって威力を減らして受け止める。
ここだ!
雪斗はその足を掴むと、自身の側へ引き寄せる。
「おらっ!」
体が踊っているところに体を横に向け、肘で腹を突く。
咄嗟に防御態勢を取った春歌の腕ごと押し込み、弾き飛ばす。
脳からドバドバと噴出されるアドレナリンが体内を駆け巡り、この戦いをもっともっと楽しめと体を動かす。
動けば動くほど、二年ばかりのブランクを忘れていき、あの頃の動きを取り戻していく。
それは春歌もそれは同じようで、戦い続けるほど、どんどん動きがシャープになっていく。
体中から湧き上がる悲鳴が、ダメージの蓄積がすでに限界を超えていると警告してくる。
蹴りを受け止め続けた腕は赤く腫れあがり、どこか切れたのか、視界を塞ぐように顔に血が垂れてくる。体の至るところも痣だらけに違いない。
だが、心の高揚がそれを上回ってダメージが脳の手前でシャットアウトされ、それだけで戦っている状況であることは理解していた。
まだまだ続けたい。もっともっと殴りあいたい。その思いだけが雪斗の心を支配していた。
目に垂れてくる血を拭う。
ちょうど同じタイミングで、春歌が口元の血を拭っていた。
「あー、そろそろ終わらせてぇ」
「そりゃあ残念だ」
春歌は、もう終わりたいと思っているようだ。どうにも、気が合わない。別れることになるわけだ。
「いい加減、倒れろよ」
「イヤだね。まだまだ物足りねぇ」
「はん、ジャンキーが」
「お前とこうしてケンカしてるのが楽しすぎるんだ」
へへ、と雪斗が笑うと、春歌は心底イヤそうな顔をした。
「さらっと、別れた女に未練がましいな」
「別れてから気付く、って奴……さ!」
雪斗は事前動作なくダッシュで春歌に駆け寄る。右足を踏み込み、テイクバックを取らずに左からのボディブローを放つ。
とっさに構えた春歌の右腕が、その攻撃を防ぐ。
だが、それが当たる直前に雪斗は腕を強引に振り戻す。左は囮である。右の拳を叩き込むために踏み込んでいた右足に力を込め、体がギチギチと悲鳴を上げるのを無視し、左を戻した反動で右のパンチを春歌の頭部目がけて振りぬく。
「くっ!」
こちらにも春歌の防御が紙一重に間に合う。しかし雪斗はお構いなしに防御ごと春歌を殴り飛ばした。防いできた腕ごしに、顔が変形するほどの衝撃が春歌に届いた。
春歌は拳に押された形でもんどりうって廊下を二転ほどしたが、すぐさま体勢を整え直した。
雪斗を睨み付けると、起き上がったときの低い姿勢のまま突進する。
もう数歩で雪斗に肉薄する、という位置から低い弾道のジャンプ。
「……蹴りじゃないっ!?」
蹴りで来ると予想していた雪斗はその一撃への反応が遅れた。慌てて一歩だけバックステップ。
春歌の体はそれ以上の伸びで接近し、腹部への頭突きが突き刺さる。
体をくの字に折り曲げてたたらを踏む雪斗に、春歌は頭突きの体勢から地面に両手を突き、体を縦に一回転させる。
振り上げられた右足の踵が雪斗の頭上に襲い掛かる。
体を折られた際に咄嗟に顔面を庇っていた雪斗は、その春歌の体勢を見て、すぐさま腕を突き上げる。
両腕の交差した部分で、春歌の踵落としをギリギリで防ぐ。
中学時代から何度も食らった、春歌の仕上げ技。体が覚えていた。
「何度、食らったと思ってやがる」
足を高々と上げた状態で、春歌は身動きが取れなくなっていた。
幾たびも強敵を倒してきた最後の一撃を防がれた春歌の顔に動揺の色が広がっていく。
「これで終わりだ」
無慈悲に告げた雪斗は、組んでいた腕を解放して春歌の右足を掴みあげる。
細く、だがしっかりとした筋肉に覆われた足首を掴んだまま引き寄せると、たたらを踏んで春歌がバランスを崩す。
同時に背筋が限界だと叫ぶほどに体を逸らせた状態から、頭突き。
廊下に、鈍い音が響く。
目の前に無数の星が飛び散るほどの衝撃を雪斗自身も受けたが、春歌もそれと同じだけの衝撃をまともに受けていた。
くた、っと不意に力の抜けた春歌の体を受け止める。
春歌は気絶していた。
「これで、オレの勝ち越しだな」
その体をそっと廊下に横たえると、雪斗は勝利の雄叫びを挙げた。




