第十二話 決着 その2
「はあ、みんなダメダメね。じゃ、みんなまとめて殲滅してしま……」
「待った!」
と、鋭い一声が響き渡った。
東校舎側、マヨネーズ派の壁の向こうから、一人の男が歩いて現れた。制服は汚れているが、足取りはしっかりしていた。
田辺紳一郎、すでに負けた男だ。
誰もが手を出さないのをいいことに、雪斗と春歌の一騎打ちの側を通り、自由主義者たちの中を悠然と通り抜け、山下先生の元へとたどり着いた。
「先生、それは俺が引き受けましょう」
「田辺君、君に出来るの?」
「ええ、もちろんです」
「……妙に自信があるのね」
訝しる山下先生に対して、紳一郎は強気に攻める。
「自信があるからこそ、言っているんです」
「その自信の根拠を教えてちょうだい」
「あまり言いたくはないんですがね」
「なら、信じられないわね」
簡単には納得しない山下先生に、仕方ないなという素振りを見せながら、紳一郎は口を開いた。
「……貸しがあるんですよ、武田先生に」
「貸し?」
「ええ。これくらいなら説得できる程度には、強い貸しです」
「どんな?」
「それは言えません。約束ですから」
「言ってちょうだい」
「言えません。男同士の約束なので」
頑として口を割らない紳一郎に、ついには山下先生が折れる。
「……いいわ、信じましょう」
「交渉成立、ですね」
「ええ。それで、どうするのぅ?」
「もちろん、から揚げにレモンをかけようなどと言う悪魔に魅入られた者たちに、正義の光を」
たちまち、戦場は形成が逆転した。
マヨネーズ派と原理主義を合わせても、人数では自由主義者たちに及ばなかったが、挟撃の形になったこと、士気が上がったことが効果をもたらした。
逆に、マヨネーズ派が敵となったことで士気を下げた自由主義者たちは、その数をどんどんと減らしていった。
山下先生は状況がまとまるや、さっさとこの場から下がってしまった。自らの手を汚さず、自らが汚れることもなく、目的を達成したことに満足した上での退場であった。
「攻めろ攻めろ!!」
紳一郎が叫ぶ。
比奈子は指揮を紳一郎に渡すと、胡椒を投げ込む役に徹した。
ソフトボールで磨き上げた下手投げの投球が、次々と相手の顔に命中する。
マスクで鼻と口を覆っている分、火力が下がっているが、それでも目に入れば動きを止めることができる。
動きの止まったところにマヨネーズを持った者たちがとびかかり、マヨネーズによる攻撃を加えていく。
レモン果汁にあふれた水風船やレモンの絞りカスが飛んでくるが、士気の上がった原理主義者たちは恐れもせずに果敢に立ち向かった。
一進一退の攻防で戦線は膠着していたが、少しずつ両陣営から人が削れていく。
「田辺君、生きてたのね」
「そりゃあねぇ。というか……勝手に殺さないでくれるかな」
「よく、無事で」
「死んだ振りは、不良の抗争に巻き込まれたときに飽きるほどやってきたからね」
主に雪斗のせいで、という言葉を紳一郎は飲み込んだが、比奈子はそれを察して何も言わなかった。
「ベテラン」
「そうそう。もうね、死んだ振りのプロだと思うよ」
「そんなプロいらない」
「ですよねー」
比奈子は簡単に現在の状況を説明する。
「ちなみにこれ、田辺君の弔い合戦なんだよ」
「えっ」
驚いた顔の紳一郎に比奈子が説明すると、合点が言った、という顔をした。
「どう聞いても、それを言い訳にした全面対決……というか、春歌ちゃんとケンカしたかっただけなんじゃないかって気がするんだけど」
「知らない」
「あ、ごめん。そんなにふて腐れないで」
「聞こえない」
比奈子は、紳一郎の声をシャットダウンして、投球に集中することにした。
雪斗が春歌のことばかり考えていたことは分かっている。今も一騎打ちを楽しんでいるに違いない。それを憎らしいとさえ思っていることは否定できない。
今日付き合い始めたばかりだと言うのに、他の女のことばかり考えるなんて、デリカシーの欠片さえ持ち合わせていないのか、とさえ思う。
どれだけの因縁があろうと、相手は元彼女だ。
「いいんちょ、いいんちょ」
投球のフォロースルーに入ったところで、紳一郎が顔の前で手をぷらぷらと振ってきたので、意識をそちらに向ける。
「だいぶ前線が押し戻せた。いったん後ろに下がって休憩を。まだもう少し、時間がかかるだろうから、休めるときに休んでおいて」
「わかった」
手に持った胡椒爆弾を手近な者に渡して、比奈子は後方へと下がることにした。




