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第十一話 原理主義対自由主義 その3

「総員、装着!」

 佳乃が声を上げると、自由主義者たちは一斉にポケットから取り出したマスクを装着した。

 保健室へ寄って人数分かき集めてきた、風邪引き御用達の白いマスクだ。

 最近話題の、ちょっと値段が高めの立体型である。

「卑怯だぞ!」

 そう原理主義者たちから文句が飛んできたが、佳乃は意に介さず言い返した。

「急にみんな風邪を引いちゃったのよね。季節の変わり目ってイヤね」

「ごほごほー、あーかぜがぶりかえしてきたなー」

「あーねつっぽいなー」

 といった白々しい言葉が次々に飛び交うが、あまりに下手な演技に、佳乃は苦笑いするしかなかった。

 ともあれ、胡椒対策としては十分である。むしろ水泳部にすらゴーグルをかけさせなかったことを、褒めてもらいたいくらいである。

 雪斗との一騎打ちに興じる春歌は気にしないことにして、佳乃は原理主義者たちを蹴散らすことを優先すると決めていた。

「よーし、質も量もこちらが上! 負ける要素はないよ! 突撃しな!」

「「「しゃーっす!!」」」

 体育会系中心らしい、そんな声を背中に聞き、佳乃は突っ込んでくる原理主義者を見据えた。


 白いマスクの大群に、比奈子は顔がこわばっていくのを感じた。

 ゲリラ豪雨のように投げ込まれる胡椒爆弾が、マスクによって大きく阻害され、思っていた以上に戦果が上がらない。

 目つぶしとしては十分に機能していたが、行動不能に陥るほどではなく、徐々に徐々に、押されていく。

 逆に、どこかに隠していたのか、大量のレモン果汁の水風船と絞りカスとが、投げ込まれてくる。

 製造工場を潰したことで勝った気になり、対策を練らなかったことが仇となった。

「くっ、なんで……」

 今さら原因を探ったところで意味はなかったが、それでも比奈子はそれを知りたいと思っていた。

 飛び交うレモンと胡椒の中、比奈子の目が一人の少女を捕えた。

「加山さん!?」

 家庭科室でレモン爆弾の製造を取り仕切っていた、加山映美がそこにいた。

 そうか、そういうことなのか、と比奈子は合点がいった。

 陸上部の鍵を奪った上でしばりつけていたが、この本隊が視聴覚室を潰した際に、隣にある家庭科室に入ったとしてもおかしくはない。

 運動部系の集まる自由主義者たちなら、他の部の鍵があってもおかしくはないし、そして大人数で一気に武器を製造していたとしたら……

「あ、那波さん。さっきは、うふふふ、お世話になっちゃったねぇ」

 目が笑っていない笑顔で、映美が近づいてきた。

「女の子に、目覚めちゃうかと思ったよ」

 両手にいくつもぶら下げたレモン爆弾を持ち上げる映美。

 じりじりと比奈子は後退していくが、映美は同じ速度で進んでくる。

「逃げないでよぅ。うふふふ、大丈夫、痛くないから……優しくするから……ね?」

 背中に多量に汗が流れるのを感じて、比奈子は因果応報、という言葉を思い出した。


 春歌との一騎打ちには、誰もが近づかないように迂回されていた。 

 怒号と悲鳴が渡り廊下を埋め尽くしていたが、一息つくたびにしか聞こえてこない。

 情勢がどうなっているのか、確認することも難しい。

 目の前の女から目を逸らしたら、一気呵成に攻め込まれて負けることもあり得る。そういう相手だ。

 何度も何度も打撃を与え、何度も何度も蹴りを食らった。

「ハッ!」

 春歌の上段蹴りを腕で受け止め、そのまま体ごと前に押し込む。肉薄したところで頭突きを叩き込む。

「ぐっ」

 春歌がよろめいたのを見て、すかさず右の拳を顔面に向けて叩き込む。ギリギリ押し上げられた春歌の腕が、それを塞ぐ。

 一瞬の隙を付いて放たれた蹴りを受け止める。受けた腕を振るって足を泳がせると、体ごと正面へ突き進む。

 密着した状態から、左の拳を脇腹へ打ち込むと、春歌の体がくの字に折れ曲がる。ちょうどいい高さに下がった頭を見て、そこに力を乗せた右のフックで顔面を狙う。

 だが。

 ごっ、という鈍い音が下部から聞こえてくる。腹に膝を突き立てられていた。

 肺の中の空気をごっそり吐き出してしまい、瞬間的な呼吸困難に陥る。

「うっ!?」

 とっさに一歩飛び下がり、呼吸を整える。

 カウンター気味に入った膝が、ごっそりと体力を削ってきた。

 脇腹がジンジンと痛みを訴えてくる。

 雪斗は、息が上がっていることを感じていた。一秒たりとも油断できない上、激しいダメージの応酬で、体が悲鳴を上げている。

 対する紅蜂も、受けたダメージで息が上がっているようだ。

 もはや言葉を交わす余裕もなかった。

 交わす言葉も持ち合わせていなかった。

 思っていることは、全て拳に乗せている。

 楽しいぜという春歌の思いが、蹴りに込められていた。

 そろそろ決着となりそうなのが残念なほど、思いが通じ合っている気がした。

 付き合っていた頃にはなかった、本音でのぶつかり合いだと、雪斗は感じていた。


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