第十一話 原理主義対自由主義 その2
西校舎の三階を制圧し、北の渡り廊下から東校舎へ向かおうとしたところで、自由主義者の本隊と遭遇した。
「よう春歌。会えて嬉しいぜ」
「残念、私は嬉しくない」
雪斗がそう挨拶を投げると、笑顔で春歌が返してきた。とても嬉しそうな顔をしているのに、返答は真逆で、それがおかしく思えた。
「アンタのオトモダチはあっちでぐっすりだ」
「そいつはどーも」
「礼を言われるほどじゃあないよ」
春歌の示した東校舎の方角は、確かに紳一郎が攻め込んだあたりだ。どうやら、紳一郎が撃破されたのは本当のことだったようだ。
今さらそんな確信を得たところで、それ自体にはあまり意味はなかったが、春歌がそれを行ったことを知れたことはありがたかった。
「仕方ないから、弔い合戦だなあ。シンの墓標にお前らの首を並べてやる」
「隣同士でオヤスミさせてやるから、安心して死ね」
雪斗は、顔がにやけていくのが分かった。今度こそ、長年の間持ち越しになっていたこの女との決着が付けられる。春歌の顔を見れば、どうやら向こうも同じことを考えていてくれることが見て取れた。
「とりあえず……田辺くん死んではいないんじゃないの?」
「まぁ、こいつらに何を言っても無駄じゃないかな」
雪斗と春歌がにらみ合っている横で、比奈子と佳乃がやれやれとでも言いたそうな会話を口火に、お互いの主張をぶつけ合い始めた。
「から揚げにレモンをかけるような邪道は、今日ここで世界から消滅させる」
「おお怖い怖い。でもね、レモンをかけるくらい許せないなんて狭量さは、認められないよ」
「から揚げはね、そういうものじゃないの。作った人への侮辱だわ」
「食べたいように食べる。それが食の自由ってもんじゃないかな」
「出された時点で完成されたものの味を変えるなんて許されない」
「より美味しく食べることが、人間の生き方よ」
から揚げへの愛情が理解されないことに、比奈子は悲しくなった。だが、それは改心させればいいのだ。
お互いの主張は、お互いに相容れないことが改めて確認され、戦闘の回避は望めなさそうだった。
「決着を、付けましょうか」
比奈子が言った。
「そうね。もはや言葉でなく力で理解させるしかないようね」
佳乃が受けた。
それで、最後の戦いの開戦が確定された。
もはや、止める手段は戦いの決着のみである。
比奈子に引きずられて自陣に戻った雪斗は、最後まで付いてきた原理主義の熱い者たちに向かって声を張り上げた。
「これが最後の戦いだ!」
「「「おおおおお!!」」」
「レモンどもを打ち砕き、俺たちのから揚げに自由を取り戻す!」
「「「おおおおお!!」」」
「総員、戦闘準備!」
「「「おおおおお!!」」」
原理主義者たちの士気は高く、人数に劣っていても負ける気はしなかった。
振り向けば、自由主義者たちも、この戦いに向けた最後の扇動を行っていた。
「行くぞ!」
「「「おおおおお!!」」」
雪斗は走り出した。
渡り廊下の中央で、雪斗は春歌と対峙した。
「やっぱお前が来るのか」
「そりゃそうだ。アンタを倒せるのは私だけだからな」
「倒せるだ? 少し時間が稼げるだけだろ」
「はっ、言うね。今さら遠慮なんかしないで、全力で叩き潰してやるよ!」
「嬉しい……ぜっ!」
雪斗の初撃は、春歌がバックステップで躱された。
「喜ばれても、困るんだ……よ!」
バックステップで後ろ足に貯めた力が解放され、雪斗の腹へ槍のような鋭い蹴りが飛んでくる。雪斗は体を開いてそれを流す。
互いの第一撃は、共にダメージを与えるに至らなかった。
「様子見とは、余裕だな」
「人のことは言えないよ。当てる気がなかったのはバレバレ」
ふっふっふ、と揃って腹のうちから笑いがこみあげていた。
「楽しいなぁ、お前」
「ああ、本当にそう思うよ」
春歌との一騎打ちに走りだした雪斗は放って、比奈子は全軍に武器を構えさせた。
ここまで多大な戦果を挙げてきた、水風船に胡椒と画鋲1つを入れた胡椒爆弾である。
胡椒好きが学内に持ち込んでいた胡椒を徴収して作ってきた。
もはや残された弾数は少なくなっていたが、これが最後の戦いであれば、惜しむ必要すらない。
「もう惜しむ必要はないわ! 手元にある限り投げ込んで!」
それが比奈子の出した指示であった。
付き従う者たちも、その意を理解していた。