第十話 決戦の直前 その3
自由主義者たちが進軍をした、という報告を聞いた紳一郎は、その目的を探ろうと多数の斥候を放っていた。
幾人かが戻っては来たが、その目的は杳として知れなかった。
「うーん、奴らは何をしようとしてるんだ」
「考えたって仕方ない。知ったところで、何が出来る」
雪斗がそういうと、紳一郎はそうなんだけどね、とだけ返してきた。
そこに、斥候が一人戻ってきて、紳一郎に報告をした。
「奴らは視聴覚室を制圧したぞ」
「それは間違いない?」
「ああ。この目で見てきた」
視聴覚室と言えば、いなくなった改革主義者たちの拠点だったはずだ。だが、斥候によればそこはもぬけの殻だったという話だった。
「視聴覚室で何を?」
「詳しくは分からないが……」
「そっか、ありがとう。いい情報だよ」
紳一郎はしばし考え込み、やがて口を開いた。
「調べたほうがよさそうだ。もしかすると、第三勢力を取り込んでいるのかもしれない」
「あれだけの数がいるのに、まだまだ大きくなるつもりなのか」
「可能性としてはね。一年生の大半が逃げ出したみたいだから、下がった士気を上げるための戦闘、とも考えられるけど」
「取り込んだら、内部分裂しない?」
話を聞いていた比奈子が、そう言った。
「もちろん、それはあるよ。だから可能性としては、と言ったのさ。こればっかりは、予想でしかないからね」
「行ってみるか」
「……ユキは残っていて。おれが行ってくる」
もしもの時は頼むよ、と続けた。
「それは死亡フラグ。確実に死ぬ」
「いやいやいや、そういうこと言うと確率上がるから!」
「まぁ、シンなら大丈夫だろ。毎回ケンカに出てはボコられてたくせに、終わったらひょっこり出てきてたからな」
「それはユキが無理やり連れまわしたからじゃないか!」
「何、お前を鍛えてやろうと言う親切でだな」
「ケンカの現場で放り出しておいて、鍛えてるとか意味が分からない!」
「強くは、なったろう」
「最後まで一方的に殴られてた気がするけどね」
紳一郎は出発の直前で疲れてしまった気がしたが、気を取り直して言った。
「ま、期待して待っていてよ」
十人ばかりを連れた紳一郎が、教室を出ていった。
廊下の窓から向かいの東校舎を見ても、どこも白いカーテンがかかっていて、その様子を見ることはできない。
自由主義者は牽制ばかりで攻め込んでくる様子を見せないため、階段の警備を定期的に入れ替えて休憩を回している
時折は雪斗自身が警備に当たりもしたが、それでも動きを見せない。
「本隊が動いてるのはどうやら間違いなさそうだね」
「ああ。でも、前はそれでも攻めてきただろ」
「そうね。何か事情が変わったのか、何かの作戦かな」
「うーん、そういうのを考えるのはシンの役目だから、考えても分からないな」
比奈子が、自分でも考えたら、とでも言いたげな目を向けてくるが、気付かないふりをした。
「もうそろそろ戻ってきてもよさそうだけどな」
時計を見ると、紳一郎が出て行ってから二十分は過ぎている。
偵察だけならもう戻っていてもおかしくない時間だ。
と、廊下が慌ただしくなった。
何事か、と雪斗は比奈子とともに北階段に向かう。
そこにいたのは、紳一郎と共に偵察に向かった土屋だった。
「どうした」
「全滅っ……偵察隊は全滅!」
一瞬、雪斗はこの偵察が何を言っているのか理解できなかった。
ゆっくり、その言葉を脳内で反芻して、言葉を分解しながら意味へと変えていく。
「……そう、か。シンも倒れたか」
ぎゅ、と比奈子が雪斗の腕を掴んできた。その手に自身の手を重ねながら、雪斗は言った。
「おし、んじゃあシンの弔い合戦だな」
「……なんで、そんなに嬉しそうなの」
笑顔の雪斗を、比奈子が咎める。
「シンが死んだ、ってことはだ。作戦だのなんだのと細かいことはもうナシってことだろ。だったら、とっとと決着を付けて、墓でも立ててやらないと」
「えっと、死んだわけじゃないと思うけど」
「そうだな。あいつは俺の心の中で生き続けるんだ」
「そういう意味じゃなくて」
「比奈子は細かいことを気にするんだな。いいじゃんか、決着つけようぜ」
紳一郎がいなくなって始めて、紳一郎が雪斗の突撃思考を押さえつけていたことを、比奈子は理解した。
「春歌とのケンカもあるんだし、ゆっくりしてられないだろ」
「結局、それが目的なのね」
つまるところ、雪斗の目的はそこだけのようだ。少年のように目を輝かせ、比奈子を促してくる。
「もちろん、から揚げにレモンをかけないことが大切だぞ」
どこまで本当なのか、比奈子には掴みかねていた。だが、それ自体は本当に思っていることに違いないとは理解していた。
「よーし、全員集合だ」
「駄目。今の状態だと勝てない」
「いや、勝つ。勝つと思うからこそ勝てるんだ」
雪斗がそう断言すると、比奈子はもう抑え込もうとしなかった。
「……分かったわ。じゃあ、みんなを集めるね」
そう言って、比奈子は南階段で警戒を続ける同志のところへと向かっていった。
すぐさま、南階段のメンバーも雪斗の前へと集まった。
「みんな、これまでよく戦ってくれた。劣勢の中、よく持ちこたえられたと思う」
集まった八十人ほどの、から揚げにレモンをかけることを良しとしない心を持った、称えるべき者たち。
彼らに、雪斗は滔々と言葉を選んで話しかける。
「いつまでも、ちまちまと戦っているのは、もう終わりだ」
一人ひとりの顔には、決意の表情が見て取れた。
「これより、全員でレモンの駆逐を行う。相手は強く、人数も多い。だが俺たちには正義がある。レモンをかけるなどという邪道は、はっきりと否定する」
そう、正義を示す戦いだ。
「戦い、そして勝つ。簡単だろう? 俺たちがやらなくて誰がやる」
一言、あと一言でいい。
「行くぞ、野郎ども。戦争だ!」
「「「「おおおおおおお!!!」」」」
決意の雄叫びが廊下を激しく揺らした。