第十話 決戦の直前 その2
視聴覚室にいたのは、わずかな数の第三勢力メンバーだけだった。
春歌と佳乃が先頭に立って視聴覚室へとなだれ込むと、蘭を始めとしたメンバーたちは、諸手を挙げて降参の意を示した。
「オーケー、降伏を認める。その代り、お蘭には人質になってもらうよ」
「むむう、仕方ありませんね」
人質とは言うものの、実質的には戦力の補充のつもりだった。このちんまい少女を味方につければ、士気の高い何人かを取り込める。そういう計算だ。
こちら側に与する者と、戦いから撤退する者を選り分ける。
わずかな数でも、士気の高いものを味方につけられるのは大きい。それに、いざとなれば特攻させればいい。
だいたいの振り分けを終えたところで、佳乃は背後での騒ぎに気付いた。
「何が起きたの?」
「ああ、いえ。なんだかわけの分からない男が、わけの分からないことを……」
報告を受けてみたが、要領を得なかった。
「通して」
「了解です」
通されてきたのは、深皿を両手に持った戸田剛三だった。
「千葉か。何をしている」
「それはこっちのセリフだけど?」
「俺は見ての通り、麻婆をもって来たんだ」
「なんでまた」
「食べるために決まっているだろう。そんなことも分からんのなら、食わせてやってもいいぞ」
皿に刺さったレンゲの一本を佳乃に向ける剛三。
「ゴウちゃん、わたしたち降参したのですよ」
「ほう。おれの麻婆を食わずに逃げる気か」
「いえ、そういうわけではなくてですね」
「言い訳は無用だ。食って食って食うがいい」
どうしてこの男は人の話を聞かないのか。
いや、話を聞かないことは知っている。何を言っても無駄だと。
「春歌~」
「はいよ」
剛三の背後に立っていた春歌に声を掛ける。
「戸田さあ。ぎゃーぎゃーやかましいよ」
レモン爆弾を一つ手に持った春歌が、背後から腕を首に回しながら剛三を物理的に説得しようとする。
「うぐっ、佐々木か。貴様、俺の麻婆を奪う気か」
「ないわー、それはないわー」
言いながら、春歌は皿の上にレモン爆弾を運ぶ。
「へっへっへ。これが何かわかるかなー?」
「や、止めろっ。お前らは麻婆に何の恨みが……」
「ばっしゃーん」
そう言いながら、春歌は皿の上でレモン爆弾を握りつぶした。レモン果汁のたっぷり入った水風船から、大量のレモン果汁が麻婆に降り注ぐ。
「ああああああああああああああああああああああああっ!?」
拘束を解かれた剛三が、皿を持ったまま床にくずおれる。
「なんということだ。なんということだ」
そう言いながら、剛三は皿に刺さったレンゲで麻婆をかきまぜ、そのレンゲに一口分乗せると口へと運んだ。
「うぐっ……酸味が強すぎる。この麻婆は失敗作だ……」
ふらっと立ち上がった剛三は、消沈した表情で春歌を見ると、
「くそっ、上手い麻婆を食わせて、ぎゃふんと言わせてやるからな」
そう言い残して視聴覚室を制圧するレモン派を押しのけて、廊下へと消えていった。
「ゴウちゃんは不幸ですねえ」
「なんという他人事」
蘭の言葉に、佳乃は思わずツッコミを入れた。