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第十話 決戦の直前 その1

 前線から聞こえてきた春歌の悲鳴に、佳乃はイヤな何かが起きたと瞬時に理解した。

 だが正面を厚いしょう油の壁に阻まれ、その姿は見えない。

「前進! 急いで!」

 そう佳乃は声を張り上げるが、進軍速度は思っているほどに加速していかない。

 一進一退の攻防で、親友の安否すら確認に行くことが出来ないでいた。

 一人ずつ、一人ずつしょう油を構えた連中を押さえつけていくが、こちらもまた、一人、また一人としょう油の犠牲となっていく。

 その状況に、佳乃は自身が前線に立って進むことを決意した。

 目を閉じて、息を吐き、吸い、吐き、吸う。

 深く、深く。現役時代を思い返すように、何度も何度も深呼吸で気持ちを高めていく。

 これは何年か前の全国中学生陸上選手権大会なんかより、もっと厳しい戦い。

 そう言い聞かせて、体中に気力をみなぎらせる。

「さーて、行きますか」

 屈伸を軽く行いながら、佳乃はそう言った。

 威風堂々と仲間たちをかき分け、前線に向かっていく。もう数人でしょう油と対峙する、という位置で軽く一回飛び跳ねて足の調子を確認する。

 大丈夫、問題ない。

 着地と同時に少し膝を曲げて身を屈め、低い姿勢でダッシュを始める。

 不意に発生した突風はしょう油派の動きを一瞬止めた。その一瞬で十分だった。

 佳乃はしょう油派の中に入り込むと、前後左右に不規則に移動しながらかき分けていく。

 横からしょう油容器をはたき落とし、正面から軽く押す。背後から尻相撲で自軍に向けて押しやる。力を入れずとも、素早い動きだけで小さな力を与えていった。

「ふっ!」

 時折気合いを込めつつ、しょう油陣営内を切り刻んでいく。

 その佳乃の動きに呼応して、レモン爆弾やレモンの絞りカスが飛び交う。

 自身にもいくらかくらいはしたが、そんなことには構っていられなかった。

 佳乃の働きで、前線の趨勢は一気に傾いた。


 春歌はケチャップどもへの対応に苦慮していた。

 ねとねとした粘度の高い液体が体を縛り、目と鼻を庇わないと、たちまち戦闘の継続が困難になる。

 もともと蹴り主体のスタイルのため、両腕で隠すことが出来るが、とはいえ目を塞いでは相手が見えない。

 ケチャップに塗れた手で目を拭えば、目がケチャップに覆われてしまう。

 それでも数人は蹴り倒したが、相手はまだまだいるし、ケチャップもまだまだ降り注ぐ。

「春歌っ」

 目の前に飛び出したケチャップを蹴りで壁に叩きつけたとき、隣に佳乃がやってきた。

「助かる!」

 佳乃の姿を確認すると、春歌は右の壁近くへと移動し、そこからケチャップ派の削りに入った。

 攻撃が春歌と佳乃へと分散したことで圧力が減り、格段に動きやすくなった。

「おらっ!」

 右足の上段蹴りで正面の男の横面を決め、その足をすぐさま落として身を屈め、左足でそのまま足を払う。

 体勢を崩したところに肩からの体当たりで後ろに控えた女子もろとも押し倒す。

「やあっ!」

 すぐ近くから佳乃の声が聞こえてくる。

 頼りになる援軍だった。

 多数の同志なんかより、佳乃一人のほうが、春歌には嬉しかった。

 親友にはあとでたくさん感謝をしないと、と心の中で思いながら、次へ次へと倒す相手を求めて前進していく。

 気が付けば、いつの間にかしょう油一派を叩き潰したレモン派がケチャップとの戦いに乱入してきた。

 一気に混戦となり、春歌はいったん後方へ下がった。

 春歌と佳乃によって、ケチャップはその勢力を大きく減らしており、もはやレモン派がここを制圧するのも時間の問題だった。

 一息ついた春歌が腕を振るうと、大量にまとわりついたケチャップが廊下に跳ねる。

「うへえ、ケチャップが付きすぎて腕が真っ赤で笑える」

「一人で行き過ぎるからよ」

 佳乃も体のいたるところを真っ赤にしていた。

「あー、もう。しょう油にケチャップとか、洗って落ちるのかなぁ、これ」

 赤い液体を振り落すと出てくる黒い染みに、佳乃はげんなりとしていた。

「助かったよ。それにしても、カノが前に出てくるなんて、どういう風の吹き回し?」

「そうしなかったら、あんたケチャップにやられてたでしょ」

「まっさかー。負けはしなかったんじゃないかな」

「あのね。私が行かなかったら、危なかったよ」

「あっはっは。まぁ、なんとかなったって」

「まったく。久々に思いっきり動いたから、明日筋肉痛になりそう」

「というか、体は大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないよ。揺れすぎて胸がちぎれそうで痛い」

 両腕を組んで胸を持ち上げる佳乃に、春歌は冷たい視線を向けた。

「ちっ。胸の大きさ自慢か」

 張り手でその大きなバストを弾く。ちょっとした破裂音が廊下に響く。

「いたっ。んもう、春歌も小さくないと思うよ」

「なんだそれは。慰めか」

 再び張り手で大きな胸を叩く。

「こら! んもう、違うってば。というかね、胸が大きいのも善し悪しよ。陸上選手としては致命的だったけど」

「知るか。もげろ」

 目の前では戦闘についに決着が訪れていた。

 多数の犠牲を出しながら、レモン派は廊下のケチャップ派を全員倒していた。

「それじゃ、視聴覚室を制圧しますか」


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