第一話 プロローグ その3
その時、邦和と比奈子の間に、雪斗が割って入った。
雪斗と春歌が殴りあいのケンカを始めそうになったところで、紳一郎が雪斗を引きはがした。
このケンカっぱやい雪斗を押さえつけるのは、中学時代から数えたくないほどに経験を積み重ねてきた紳一郎である。殴られたりする覚悟さえ決めれば、それくらいはやることができる。
それにプラスして、自由主義者の中に見つけた、仲の良い千葉佳乃に声をかけて、春歌の引き離しを依頼した。
佳乃は原理主義に与した紳一郎に不満そうな顔をしていたが、それでも春歌の引きはがしを受け持ってくれた。
ポニーテールをぶんぶん振り回す春歌を押さえつけるのは、とても大変そうだった。
ただ、原理主義と自由主義に別れた今、もはや敵でしかないのだ。その事実が、少しだけ悲しく感じる紳一郎だった。
「岡田よぉ、無理言っちゃいけねぇわ」
雪斗が掴みあげた邦和の腕を締め上げると、邦和は大げさに痛がりながら比奈子から手を放した。
「ああん? 関係ねぇ奴は引っ込んでろ!」
「残念、オレは今気が立ってるんだ。遠慮するなよ、オレに絡んでくれよ」
舌打ちしながら、掴まれたままの雪斗の手を振り払う邦和。
こいつの握力は、この痛みの強い握り方はなんなんだ、と邦和は訝し気に雪斗を見る。
雪斗はただのパンピーだと思っていた。春歌とぎゃーぎゃー喚きながら仲良さそうにしているのが少しだけうらやましいと思っていた。
このクラスでは自分が最強のはずだった。詰襟の前は常に開き、頭髪は汚れた金髪に染め上げている。その恰好だけで、ほとんどの連中は歩く邦和に道を譲った。
しかし、雪斗の迫力は、邦和がたじろぐには十分なものだ。それが、許せなかった。
「てめぇ、おれに盾突こうってのか」
「うるせえな」
その鋭い眼光に、邦和は知らず知らずに一歩、後ろに下がっていた。
そんな邦和を見て、比奈子が一方的な宣言を行った。
「もう別れましょう。レモンをかけるような無神経とは付き合っていけない」
「あ? あーそうかよ、良いぜ、後悔すんなよ」
そんな捨て台詞を残して、律儀にも自由主義者たちの側へと下がっていく邦和。
「あらら、那波さんも別れちゃった」
雪斗の陰に隠れていた紳一郎が同情する。同情はしたが、これはラッキーかもしれない、とも思った。
それにしても、この数分でクラス内で二組ものお付き合いが破断になってしまった。
それもこれも、から揚げにレモンという、もはや世界レベルで戦争の起こりかねない話題を提供してしまった担任が悪い。
その担任は、誰も聞いていないのに一人で話し終えると、誰にも気づかれることなく教室を退室していた。
ホントに、話すだけ話して満足して帰ったのか、と紳一郎は呆れてしまったが、よくよく考えるとそういう担任だった。
「イインチョさー。なんだったらオレと付き合うか」
雪斗は、あろうことか大きな声でそう言った。
その視線の見ている先は、先ほどまで罵詈雑言を交わしあった元恋仲の春歌だった。
「いいわよ、宮本君はレモンをかけない人だから信用できるわ」
「……てめぇ!」
それを聞いて反応したのは、直前までお付き合いをしていた邦和であった。
比奈子の返答にキレて、その勢いで飛びかかろうとしたところを、自由主義者の群から飛び出した井出晋が押さえつけた。
「岡田、相手が悪い。今は冷静になれ」
理性的な表情で原理主義者たちを見据えながら、野球部のキャッチャーである晋が体格に任せて羽交い絞めの体勢を取る。
「相手が悪いだと? ザケん……」
「い・い・か・ら!」
「チッ」
再度の舌打ちでおとなしくなった邦和を、晋が解放する。
邦和は視界の端に捉えた春歌に向いて、こちらも大きな声で言った。
「おい佐々木! お前おれと付き合えよ」
「あ? お前、頭イカレてんのか? 死なすぞ」
しかしこちらは残念な結果になり、原理主義者たちが腹を抱えて大笑いすることになった。