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第八話 三竦み その2

 偵察に向かわせた一年生部隊の二十名が戻らない。

 広いと言えば広い校舎だが、端から端まで徒歩で往復したとしても、これだけの時間がかかることはないはずだ。

 佳乃は戻らぬ理由に二つほど思い当たった。

 一つは、レモンを目の敵にする連中か、ソースかしょう油かマヨネーズかケチャップを掛けようとする連中か、そのどちらかに襲われて全滅した線。あいつらはから揚げに掛けるべきものを見誤り、狭量すぎるがゆえに他者を認めない、かける言葉もない連中だ。敵対者だと知れば間違いなく襲ってくる。

 もう一つの線は、あまり考えたくないものだった。逃走。そう、嫌気が指して逃げ出したという可能性だ。

 いくら士気が低かろうが、数は数だ。押し寄せる人の波は、それだけで相手への威圧となるし、牽制にもなる。

 使い道がなくても、いるだけで使い方を作り出すことができる。

「チバカノ」

 そう声を掛けてきたのは、晋だった。

「ん、井出くんか。何かあった?」

「一年が逃げ出した。しっかり数えたわけじゃないが、百は下らないはずだ」

 逃げ出した一年生の大半は、文系部活に所属している者が大半を占めているそうだ。運動部所属では、先輩に背いて逃げることが、どれだけリスキーであるか、天秤の傾きが逃げることを選ばせなかったに違いないと言う。

「そっかー、まぁ、そんな気はしてたんだよね」

 一年生で使えるのはそれほど多くはないか。そう考えて佳乃は、まだ数の上で有利であると判断した。

「これじゃ、二正面作戦はきついぞ。逃げた連中の大半が別陣営に与するとは思わんが、同数近い数では押し勝つのは難しい」

「だろうねぇ」

「どっちを優先する?」

 自由主義は、原理主義と改革主義の両陣営に対して、半数ずつ当たる作戦を進めていた。

 数で勝るからこそ選べた選択だった。

 二つに分かれてもなお、その数で有利に立てたからこその選択だったのだが、それが突然に頓挫してしまった。

「残ってるのは──」

「だいたい、二百ってところだ」

「じゃあ、半分を牽制に残して、もう半分でお蘭たちを潰すのがいいかな」

「残すのは三割で、七割をお蘭に向けるべきだ」

「そりゃまたどうして」

「お蘭のお姉ちゃんパワーは侮れない。復活したケチャップが合流してるかもしれないし、一年もいるかもしれない。それに」

「それに?」

「マヨネーズの動向が気になる。きつくても、大目にするべきだろう」

 広い視点を持つこの男が味方でよかった、と佳乃は思った。

 万年一回戦負けだった野球部が、晋一人の力で三回戦まで進むようになったのも、こういった作戦力だと佳乃は聞いたことがある。

 徹底した分析、状況に応じた取捨選択、なるほど確かにその評判は信用に足るものだと思う。

「そうね、井出君の案を採用しましょう。人選はお願いできる?」

「任されよう」

 すぐさま晋は踵を返すと、野球部の後輩を呼びつけ、指示を出していく。なんと頼もしい男だ。

「カレシがいなきゃ、放っておかないんだけどなぁ」

「いやあ、無理でしょう。しっかりした人は、向いてないよ」

 と、壁に寄り掛かって腕を組んでいた春歌が、そう言った。

「佳乃は、ダメ男の面倒を見るのが幸せ」

「人のカレシをダメ男とか言うな」

「引きこもりニートの世話が楽しいんでしょ」

「たまにバイトしてるんだって」

「この前は三日だっけ?」

「……あ、合わない仕事を続けても……」

「はいはい。だから、あんたにはしっかりしてないほうがいいのよ」

 春歌の軽口に、佳乃は沈みかけた心が浮き上がってくるのを感じた。

「まったく」

 佳乃は、表情を引き締めて春歌を見た。

「春歌、お蘭たち頼むわよ」

「はいよ。雪斗とのタイマンをセッティングしてくれるなら、なんだってやるよ」


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