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第七話 第三陣営 その2

「……さて、返事を聞こうか」

 紳一郎は何事もなかったかのようにふるまった。

「へ、返事? あ、ああ、返事ね、返事……」

 呆然と剛三を見ていた佳乃が、不意に水を向けられ、少し慌てた様子で返答した。

「君たちは、この場での開戦をお望みかな?」

 一歩、紳一郎が前に出る。

「君たちは、どうしたいのかな?」

 もう一歩、紳一郎が前に出た。

「そうね。こちらとしては……」

 佳乃も一歩前に出た。

 意地の張り合いで負けるわけには、いかなかった。

 両陣営に中央で挟まれる雪斗と比奈子、春歌は動けないでいた。

 うっかり動くことは、味方への被害になってしまうことを理解していた。無視してケンカしたい気持ちを、ギリギリで押さえつけていた。

「負けるわけには、いかないのよね」

 佳乃は右手を垂直に上げた。それを見て、背後についた自由主義者たちがレモン爆弾の投擲体勢を取る。

 紳一郎もそれに合わせて右手を掲げる。原理主義の側も、受ける姿勢を見せた。

 その手を降ろす瞬間が、戦端が開かれる合図となる。


 不意に黒い雨が廊下に降り注いだ。

「麻婆の仇だ!」

 視聴覚室からわらわらと飛び出した者たちが、背後から自由主義者たちを襲った。

「うわっ」

「しょっぱっ!」

「ひぇぇぇ」

 悲鳴がそこかしこから上がる。

 それを機と見た紳一郎が、腕を振って攻撃を指示した。

「撃て!」

 色とりどりの水風船が廊下を舞い、破裂音を鳴り響かせる。

 続けて黒い靄がそこかしこに出現し、巻かれた者たちがクシャミの大合唱を始める。

「ええい、レモンな奴らは放っておけ! 田辺だ! 田辺を狙え!」

「戸田!?」

 自由主義者が襲われた瞬間、春歌は走り出していた。

 佳乃に合流すると、受け取ったレモン爆弾を雪斗に投げつける。

 雪斗と比奈子も春歌の逃走に合わせて、自陣へと下がっていた。

 受けとったいくつかの水風船で春歌を狙う。

 決着はあっと言う間だった。

 自由主義は前後からの挟撃に壊滅状態だった。

 主だった者はその場を逃げ出し、残されたいくばくかの兵たちが一身に挟撃を受け、全身を黒く染め上げた挙句、胡椒に塗れていた。

 そして、目の前に獲物のいなくなった剛三の率いる改革主義者たちは、原理主義者を狙い始めた。

「奴らだ! 奴らが麻婆をダメにしたんだ! 許すな! 全員潰せ!」

 後方から声を荒げて指示を出す剛三が、恨みつらみをぶつけてくる。

 ソースとしょう油の混じりあった黒い雨が原理主義者に降り注ぐ。

 レモンとは一味違う、塩辛い攻撃だ。

「遠慮するな! 奴らを料理しろ!」

 間断なく続くソースの嵐に、紳一郎は声を張り上げた。

「撤退! この場は撤退する!」

 生き残った原理主義者たちの潰走に、剛三は隠しきれない笑顔で声を上げた。

「うはははははは!」

「ゴウちゃん、これで気は済んだ?」

 隣にいた蘭がそう聞いてきた。

「ああ、満足だ。それでは改めて麻婆を作ってこよう」

 突然吹き荒れた第三勢力が瞬く間に場を制圧し、それを指揮した剛三は破顔しっぱなしであった。

 そしてその戦果に満足し、再び家庭科室へと入って行った。


 直前まで赤かったワイシャツが黒く染まっていた。

 今までであればそれは返り血だったが、今日に限ってはソースとしょう油であった。

「真っ黒。特にしょう油は落ちない」

 雪斗のシャツを脱がした比奈子は、流し台でそれを洗っていた。

 何度も何度も洗い流して、それでようやく流れ落ちる水分に色が付かなくなった。

 雪斗たちが二年廊下に戻ると、階段でのにらみ合いが終わっていた。

 レモンの酸っぱい匂いが充満していて、原理主義者たちは廊下で項垂れていたのである。

 話を聞くと、井出晋が率いる自由主義者の部隊が突出し、北階段近辺を制圧してしまったと言う。

 挟み撃ちを警戒して南階段からいくらかの戦力を割いて廊下での迎撃戦を展開したが、自由主義者はある程度の被害を与えたことに満足して後退していったそうだ。被害は甚大だった。

 数に劣っていたため、数で押されるとどうしようもない。

 武器の攻撃力で勝っていても、物量作戦の前ではなすすべもない。自明であった。

 全身をレモン果汁に染められ、目と鼻と口とをやられて教室に運び込んだ負傷兵は二十を数えた。壊滅という言葉が浮かんでくるほどの損耗率だ。

 だが、悪材料はそれだけなのだ。

 東中のレッドウルフが自陣にいる。

 それが原理主義者たちを湧き上がらせていた。

 その名は市内全域に轟いており、どこの中学出身でもその名を知っている。

 市内最強の男。その心強いネームバリューが、折れかけた心を頑強に作り替えた。

「シン」

 雪斗が呼びかけると、部隊を作り替えていた紳一郎はその作業をいったん中断した。

「ソースとしょう油の奴らはどうする」

「今考えてる。あいつらは人数が少ないから先に潰すべきか、ちょっかい出さなければ手を出してこないのであれば放置しておくのも手だし」

「そうか」

「話は聞いたけど、お蘭ちゃんが怒ったんでしょ」

 そう話に入ってきたのは夏帆であった。

「あの子を怒らせちゃいけないよ。ちんまいからって可愛がってる連中が多いから、ヘタに刺激すると藪蛇になるよ」

「ああそうか、お蘭ちゃんか。戸田君ばかり気にしてたけど、警戒する人が他にもいたか」

 新たな情報に、改めて作戦を考え直すよ、と紳一郎は言った。


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