第一話 プロローグ その2
やれやれ、と諦めムードで紳一郎が教室中を見回して数えてみたところ、原理主義は総勢十六人、自由主義は二十人と、雪斗たち原理主義が数で負けていた。
四十人のクラスなので四人足りないと思ってみれば、教室の後方に不足分の四人が、どちらの派閥にも属さずにいた。
「わ、我々はケチャップ、マヨネーズ等の調味料を推す改革主義だ」
二分かと思った勢力図は、三分だった。しかし数が少ないので、あっと言う間に飲み込まれそうな第三勢力である。
天下三分の計なんて計画することが無駄な小勢力である。
教室の中央では、ついに舌戦が開始された。
「お前がそんな奴だとは思わなかったよ!」
「ああ? 味覚音痴のドチクショウがふざけたこと言ってんじゃないよ、このトウヘンボク!」
「んだとコラ。カラっと揚がったのがから揚げのダイゴミってやつだろう!」
「油が多いんだからレモンかけてしっとりさせたほうがいいに決まってるでしょ! この脳足りん!」
「べっちょりしたから揚げなんて、鶏の油まみれじゃねーか!」
「はぁ? 今の世の中は健康志向なんだから、ヘルシーさを求めることの何が悪いのさ!」
「ヘルシーとか言うならオリーブオイルでもかけてろや!」
どう聞いても痴話喧嘩でしかなかった。もはや晩御飯について口論している夫婦の諍いにしか聞こえない。
紳一郎はまたいつもの喧嘩か、と安心した。
したのだが。
「普段は大人しいのにとご近所で評判のオレもしまいにゃキレっぞ!?」
「しょっちゅうキレてる上に、もうキレてんじゃねーか!」
「んなのテメェの気のせいに決まってんだろ!」
「都合の悪いことは認めないたぁ小せぇ男だな!?」
不良マンガのように、顔をギリギリまで近づけての睨み合いに発展する。いわゆる、ガンを付けるという状態だ。物騒な言葉さえなければ、ただのキスシーンになりそうだったが、残念ながら、二人の間の張りつめた空気は、そういった類のものではなかった。
雪斗が詰襟の一番上を外して臨戦態勢を取った。春歌もセーラー服のタイを緩める。お互い、体を張った喧嘩へと発展させるという意気込みを見せる。
そして──
「レモン臭ェから近くに寄んなドブス!」
「キモイから顔近づけんなアンポンタン!」
「上等だ!」
「ぶっ殺すぞ!」
「てめえと付き合ってたなんて、どうかしてたわ!」
「それはこっちのセリフだ、恥ずかしすぎて死にたくなるわ!」
「じゃあ死ね!」
「てめえが死ね!」
罵り合いから、ついには別れ話へと進んでしまった。喧嘩っ早いこの二人は、しょっちゅうぶつかりあっていたが、ここまでの状況になったことは初めてだった。ずっと隣で二人を見てきた紳一郎でさえ、顔が青ざめていくのを感じていた。
二人の訣別の宣言を聞いて、両陣営から喝采が湧き上がる。
二年四組はから揚げをきっかけに分裂し、その先頭に立った者の勇断を支持していた。
その罵り合いの陰で、もう一組のカップルも終焉に近づいていた。
「おう、ヒナ公。お前なんでそっちにいるんだ。こっち来いや」
「イヤよ」
それは、自由主義に属した不良少年・岡田邦和と、学級委員長である那波比奈子であった。
邦和は原理主義者たちの前で、比奈子の腕を掴み、引っ張ろうとしているが、比奈子は懸命に抵抗していた。
「おれの言うことが聞けねぇってのか」
「さすがに聞けないよ。から揚げにレモンとか。頭がおかしいよ」
毅然とした態度で言う比奈子。
「旨ェじゃん、レモンかけたっていいじゃねえか」
「無理。あり得ない。そんなのから揚げじゃない」
「レモン馬鹿にしてんのか」
「レモンじゃなくて、その神経かな」
「そりゃもしかして、おれを馬鹿にしてるってことか」
「もしかしなくても、あなたを馬鹿にしているわ」
「あ? ずいぶん言うじゃねぇか」
「いい加減、うんざりなの」
「てめぇ……! いいから来い!」
邦和は、少しだけ残していた良心で加減していた力を、全力で出そうとした。