第六話 それぞれの過去 その2
「じゃあ、この編成で迎えに行くから、メンツ集めて」
佳乃はそう言って晋に依頼すると、廊下の窓から向かいの校舎を見る。家庭科室の窓にはカーテンがかかっており、様子は伺い知れない。
自由主義者の武器製造工場はすでに潰されたという報告は受けている。
おかげで、戦線を進ませることも出来ないし、友人の映美の安否も知れない。
「まさか、レッドウルフがこの学校にいるなんてね」
佳乃は、呆れるべきなのか、驚くべきなのか、どうしようかという悩みまで抱えていた。
先走った少女は自由主義者にとって大切な戦力だし、大切な友人でもある。
「チバカノ、準備は出来たぜ」
カーテンの向こうを思いやるのを中断し、声を掛けてきた晋に向き直る。
そこには岡田邦和をはじめとした、援護部隊およそ三十名が編成されていた。
「なんで、おれがアイツを助けになんて……」
「あーら、そういうこと言っちゃうんだ。ここで行かないなら、また中学時代みたいにいじられるわよ」
「あれはいじめだろ!」
当事者間の認識違いがあるようだった。邦和はアイツが嫌いだった。
「高校デビューしちゃったくせに、いじめとかよく言う」
「……まさか、いるとは思わなかった」
中学時代の反動で不良になってはみたが、まさかの相手が同じ高校にいては委縮するしかなく、邦和は消化不良の高校生活を送っていた。
幸い、不良を卒業して大人しそうにしていたので、いじられることがなかったのが邦和を調子づかせていた。
もう、過去のことと思っていたのに、また戻ってくるなんて、話が違いすぎて本気で泣きたいと思っていたくらいだ。
とはいえ、この状況で逆らえるほど、邦和は不良に徹しきれていなかった。勝てない相手、というのはどこにでもいる。
「じゃ、ここはお願いね、井出君」
「ああ、任されよう」
一年生を加えてかなりの大所帯となった自由主義者たちは、逆に困ってもいた。
人数と物量で優位に立っていたが、武器を失うし、一年生の士気は低く突撃指令にも従いにくい。所属部の先輩がケツを蹴ることでようやく動くが、積極的な動きではないため、戦場における効果としては微々たるものと言えた。
その上、人数が多すぎるが故に部隊展開が思うようにいかない。
戦線の維持以外の斥候、警備、武器製造に多くを割り当てたが、それでもなお余るほどだ。
野球部のレギュラーの晋なら、それほど戦線を崩壊させることはないだろう。そう期待していた。だからこそ、佳乃は自身で前線へと赴く決意をした。
「前進!」
南進して南階段から一階に向かい、一年生廊下を北へ進んで渡り廊下へ。そのまま東校舎へ進み、東校舎の南階段から三階へ。
そういう進軍経路を設定してみたが、ロスがかなりある。
このロスが、大勢に影響を与えねば良いのだが。
佳乃はそれだけが気がかりだった。
「待ってなさいよ、春歌……!」
家庭科室前の真紅の廊下では、何年も前からのライバル同士の激闘が続いていた。
拳が主体の狼は着実にダメージを与え、蹴りが主体の蜂は強烈な一撃で動きを止めるような攻撃を放つ。
すでに双方ともにいたるところに傷が散見している。
「楽しいケンカは久しぶりだぜ。何年ブリだっけなぁ!」
雪斗の拳が紅蜂の頬を捕える。
インパクトの瞬間、春歌は首をひねって衝撃を殺しつつ、後方に軽く飛んででダメージを軽減する。
「あっはっは、やっぱりアンタくらいさ! このわたしと正面切って殴りあえる奴はよ!」
後方に飛んだ際に踏ん張って貯めた後ろ足の力を解放して、一気に前進。その勢いのまま体を一回転させて腕を狙うソバットを繰り出す。
体を正面に向けて両腕を構え、紅蜂の蹴りを受け止める。片腕で受けていたら、その腕ごと持っていかれそうな一撃だ。
骨の軋む音が全身に伝播する。
コイツの蹴りは危険だ。久しぶりの喧嘩で、雪斗の脳内に眠っていた喧嘩回路が徐々に目覚めていく。
廊下をしっかり踏みしめ、蹴りを完全に受け切る。
押す力が弱まったところで、腕を反転させ、蹴り足を捕まえようとするが、するりと抜けていった。
空振ってレッドウルフが体勢を崩したと見るや、紅蜂は引き戻そうとしていた足を振り上げ、威力の低い牽制の蹴りを数発入れる。
「ッシャァッ」
咄嗟に腕で顔を庇った雪斗に対し、紅蜂は蹴りを打った足を勢いよく着地させ、その反動で全身を跳ねさせつつ左膝を突き出す。
ボディを狙ったそのニーアタックが、バックステップした雪斗の正面で空を切る。
攻撃に百パーセント振ったタイミングに合わせて、紅蜂の意識外になった右足をサッカーキックで狙う。
脛の側面に蹴りがクリーンヒットした。
「おらぁっ!」
その勢いに押されて、宙に浮いた彼女が体勢を崩すと、雪斗は改めて渾身の右ストレートを打ち込む。
紅蜂はギリギリでその一撃を手のひらで受け止めるが、崩れた体勢を戻すまでに至らず、廊下にもんどりうって転がる。
体を二転三転させ、すぐさまレッドウルフに向き直る。