第六話 それぞれの過去 その1
レッドウルフと紅蜂。
その二人の出会いは、中学生の頃の抗争の最中にまで遡る。
市内を四分割する学区の東西にある中学は、不良の名門と呼ばれていた。
何年も、何代も対立を続けていた。
宮本雪斗は、入学式から髪を真っ赤に染め、真紅のシャツを学ランの内に着込んでいた。
そのいでたち故に目を付けられ、入学式の終了と同時に呼び出され、そして呼び出してきた二年生を瞬く間に叩きのめした。
入学式事件と呼ばれたそれは、三年生の怒りを買うには十分なものであった。
その三年生も、結果的には雪斗の前では倒れ伏すのみであった。
一月とかからずに、宮本雪斗は東中の不良のトップに登り詰めた。
同じころ、西中でも大きな問題が起こっていた。
三年間無敗を誇った「微笑みの女王」が卒業し、それと同時にその妹が入学したのである。
新二年生、三年生にとって、それは僥倖であった。
畏怖と尊敬を一身に受けたトップが不在となり、不良たちは自身が後を継ぐと独自に活動を開始していたのである。
内部対立などしていては、東中に負ける、という言葉すら届かない状態だった。
そんな状態で、女王の血縁者が入学したのである。持ち上げられるのは自然な流れだった。
また、本人も素晴らしい素質を秘めていた。
女王の妹であり、不良どもを束ねるに充分な資格を見せた彼女の元で、西中は再び一つになった。
「会えて嬉しいぜ! 今度こそ参ったと言わせてやる!!」
レッドウルフの上段まわし蹴りを、上げた腕でガードする。
紅蜂はその足を大きく跳ね除けると、泳いだ体に向かって拳の一撃を叩き込む。
「テメェになんぞ負けるいわれはねぇ!」
雪斗は体を捻る。まっすぐに突き出された一撃がギリギリのところを通って空を切る。
地に着いたままの一本足でバックステップをして、体勢を整える。
「はは! 何度負かしたと思ってる!」
大振りの左パンチをガードさせると、右のストレートで顔面を捕える。
紅蜂は頭を前に突き出して、その拳を額で受け切る。
腕が伸びきる前に受けたことで、その威力をかなり抑えるこんだ。そのまま頭を突き出しながら突き進み、レッドウルフの体勢を崩す。
下から突き上げるアッパーで顎を狙う。
防御。
戻りきった左手が、その拳を受け止める。
互いにダメージを与えてはいるが、致命的な一撃にはほど遠く、相手の動きを阻害するに至らない。
「久々とはいえ、腕は鈍っていないようだな」
「テメェこそ、なかなかやるじゃねえか」
額で拳を防ぐ紅蜂、顎下で拳を受け止めるレッドウルフ。
その戦いは、膠着しており決着まで長くかかりそうな予感を両者は感じていた。
その通報を受けて、紳一郎は頭を抱えた。
「あのバカ! なにが高校デビューだ、戻ってるじゃねぇか」
「……何か、問題?」
階段のせめぎ合いは、一時休止状態だった。
補給の止まった自由主義者は強気で攻めるに難しく、人数に劣る原理主義者はその数を攻略できていない。
ただ、階段室で牽制し合っていた。
主だったものを廊下の中央に集めて作戦を練っていた紳一郎は、その折りに連絡役から一報を受けた。
「どこかの元不良が、高校に入ったら彼女を作るために普通になりたい、と言っていたのに、気が付いたら不良に戻っていた」
特定の人名を出すことは控えておいた。
「ああ、宮本君か」
だが、夏帆はあっさりとそれを看破した。
「……!」
驚いて彼女を見る紳一郎に、夏帆は言ってのける。
「いや、だって、あんだけぽろっぽろキレるような人が、大人しかったとか言われてもね」
「……ああ。そうかもしれないね」
高校に入ってからの雪斗は比較的大人しくしていた、と紳一郎は思う。あくまで中学時代と比較して、ではあるが。
「私は北中だったから、名前くらいしか知らないんだけど」
中学生の頃に通っていた塾には、東中からも西中からも通っている生徒がいた。
興味津々に聞いてみたことがあるが、どちらの中学でも、校内で暴れることが禁止されていたとかで、不良は学校内で付き合う分には、特に問題なかったらしいじゃん、と夏帆が言う。
「そうだね、校内は平和だったよ、校内はね……」
レッドウルフも紅蜂も、憎き相手以外への暴力を厳禁し、その分を全てぶつける、という施策を行っていた。
もっとも、それが抗争を激化させた一因ではあるのだが。
「とりあえず援護に行こうか。相手は紅蜂で、ユキが負けるとは思わないけど、今はそんな争いよりも先にやることがある」
「紅蜂かー。あの子はレモン派だったから、遅かれ早かれぶつかりそうだけどね」
「……石川さん、紅蜂を知って……?」
「そりゃあ、他校にしてみりゃ高みの見物だからね。そういう噂話はいろいろ集めたのよ」
「なるほどね、第三者ってのは当事者より詳しいこともあるっていうからね」
「つか、あれだけ一緒にいても気づかないなんて、あの子も高校デビューは成功だったのかな」
紳一郎は、紅蜂の名前を聞くと、愕然とした表情で天井を仰ぎ見た。
「おお、もう。なんてアホだ、あいつら……」




