第五話 狂犬と暴蜂 その2
ぱんぱん、と破裂音が幾度も鳴り響いた。
出荷待ち状態だったレモン爆弾が、流し台で潰されている音だった。大きな段ボールから流し台に移動され、精鋭部隊に従軍した女生徒の一人、三上が縫い針で一つずつ破裂させていた。
また、集められていたレモンの絞りカスはビニール袋にまとめられていたので、男子の牛島がその口をしっかりと結び、燃えるゴミのごみ箱に捨てていた。
バケツに入れられたレモン果汁も、流し台に流されている。
実に完璧な武器製造の破壊である。
「那波。運動部用のレモン倉庫はどうする」
家庭科準備室から声を掛けてきた名も知らぬ、記憶に寄れば二年二組だったはずの男子生徒が、比奈子が問う。
「鍵は?」
「かかっていない」
「そう、じゃあ鍵を掛けておいて」
そう指示を出し、比奈子は映美に向き直る。
「ここのまとめ役はあなたよね。持っている鍵は、千葉さんの持つ陸上部用でしょう。おとなしく出して」
手を差し出す比奈子に、しかし映美はそれを拒絶する。
「いやあ、さすがにそれは出来ないかな。私が預かってる以上、また貸しは出来ないよ」
「そう。なら、あなたたち全員を拘束して、その上で奪い取るけど構わない?」
「いやいや。拘束とかそういうの止めようよ。同じクラスでしょ」
「何を甘いこと言っているの。これは戦争。敗者がすべきは勝者に従うことだけ」
「待って待って。良くないよ、そういうの」
「ダメよ。あなたの作ったレモンで、仲間がやられているの。もうあなたも当事者なのよ。ついでに、佐々木さんの友人なので許せない」
「個人的な事情じゃない! 宮本君はもう別れたんだし関係ないでしょう!?」
「それはそれ、これはこれ。とても便利な言葉」
もはや反論の余地も見いだせなかった。だが、頑なに鍵は出さない。
比奈子は一歩下がると、胡椒爆弾を手に持った。
「全員拘束する」
もともとその予定だったのだが、そうとは言わずに映美の態度のせいにすり替える。
さらに一歩下がると、比奈子は捕虜の足元で胡椒爆弾を破裂させた。もわもわと湧き上がる胡椒の煙に巻かれ、映美たちはクシャミと涙が止まらなくなる。
「縛り上げて」
短く一言、そう指示を出すと、控えていた数人の精鋭が、手に持った縄跳びでみなの手を連結させていく。壁を背に座り込み、手を横に広げて並べられ、手首と手首を縛り上げられる。
端の生徒は壁と仲良く手をつなぐことになった。
これで、協力し合っても拘束を解くことは出来ないはずだ。
「残念ね、協力してもらえなくて」
そう比奈子は言いながら、映美のセーラー服を持ち上げる。
「ちょ、ちょっと待って。なんでそんなこと……」
映美の文句に、比奈子はちょこんと首をかしげた。
「鍵を探しているだけよ」
「いやいや、そういうのはポケットを探したりするんだじゃないかな。ブラの中とか、あひゃん!」
「そんな分かりやすいところに隠し持っているとは思えない」
比奈子は映美のブラジャーの中に手を突っ込み、こねくり回す。
「んっ、やんっ、だめ……」
映美の素肌に手を這わせて、全身を撫でまわす。映美の体が熱を発し始める。
上半身を探し終えた比奈子は、スカートをめくってその中に手を入れる。
「ちょ、そっちは、ダメだって! ダメダメダメぇぇぇ!」
身動きの取れない映美は、比奈子にいいようにもてあそばれる。
その様子を見ていた男子たちが、顔を赤くして目を逸らしている。精鋭部隊の男子たちは、女子たちに蹴られながら後ろを向かされていた。
比奈子は構いもせず、映美の身体検査を継続する。
「あっ」
太ももに手を這わせていた比奈子の手の甲に、硬い感触が当たった。
スカートのポケットのようだ。
手を抜いて、ポケットに入れると、目的のアイテムはすぐに見つかった。
キーホルダーには「レモン倉庫陸上部用」とラベリングされていた。
「これは預かるわ。大丈夫、あとで返すから」
顔を染めて体温を上げ、息を荒げる映美は、言葉を出せずにただ、頷いた。