第四話 武器よさらば その3
「俺が突っ込む、援護を頼む」
右手に爆弾を1つだけ持ち、雪斗は準備を整えた。
雪斗と比奈子が教科準備室の並ぶ東廊下を鎮圧し、残りのメンバーはその間に階段の上下を抑える。
そんなシンプルな作戦だった。
指を三本立て、ゆっくりと一本ずつ折っていく。
二。
一。
「ゴー!」
雪斗が飛び出すと、酸っぱい爆撃が降り注ぐ。それらを高速機動で回避すると、廊下にいる数人の警備の足元へ叩きつける。
続けて、比奈子のアンダースローから放られた水風船が先頭の男の顔面に命中する。
割れたゴムと胡椒が舞い散り、目や鼻を刺激的な粉末が飛び込んでいく。
「うわあああああ」
目と鼻とを左手で塞いでいた雪斗は、そのまま勢いよく突撃し、タックル、足払いで沈黙させていく。
あっと言う間に、廊下の警備は倒れ伏した。
振り返れば、レモンに臆さぬ精鋭が、階段の警備を倒し終えたところだった。
急いで合流すると、雪斗は階段の上を指で指示し、三階へと向かっていく。
三階へと踏み込む直前で立ち止まり、そっと顔を出して様子を探る。
やはり数人だけがいた。
「おかしいね」
「ああ」
言わずとも伝わった。
家庭科室が武器の製造工場であれば、その警備はかなり厳重なものになるはずだ。だが実態はどうだ。数人の警備がぼーっと突っ立っているだけだ。
これがおかしいと言わずに、何をおかしいと言えばいいのだろうか。
「罠、か」
「二重の意味でね」
家庭科室を警備しているように見せて、実は別の場所が武器工場である可能性。もしくは多くの兵が隠れ潜んでいるという可能性。
「どっちかな」
「運動部の脳筋どもにそんな知恵があるとは思えない」
「とはいえ、どちらも警戒する必要があるね」
そう、結局は行かなくてはならないのだ。
だとすれば、警戒しつつ行く、それ以外の選択肢は存在しなかった。
「音楽室の前の三人を倒せば、ゴールだな」
雪斗は二人ほどを選び出すと、揃って階段から飛び出した。
警備が気づく前に、投擲を開始する。こちらに気付いたときには、既に爆弾は宙を舞っていた。
慌てて下がってそれを回避した警備たちだったが、続けて投擲された第二撃が今度こそ直撃した。
二十人全員で廊下を走り抜け、警備を蹴倒し、音楽室の前を占拠する。
目指す家庭科室は隣である。もはや邪魔をする者の姿は見えない。
「とりあえず、ここまでは来れたか」
「ふふ、それはどうかな」
と、階段に近い扉が開く。音楽室の扉だ。
赤い何かを持った、三十名ばかりが、罠ですよ、とでも言うかのようにぞろぞろと湧いてくる。
「ひっひっひっひっひ、コンニチワー。世界的調味料ケチャップ様がやってまいりましたよー?」
先頭の男には見覚えがある。二年四組のクラスメートだ。
「ワダヤミ……」
「ええ、そうですとも。宮本君」
和田輝がとても卑屈そうな笑い方をした。
名は輝だが、呼び名はヤミ。卓球部に所属し、公式戦で数々の卑怯戦術を駆使して勝ち星を重ねる姿に、誰かが名前と正反対だなと言いだしてヤミと呼ばれることになった。
その卑怯さは、同じクラスの雪斗も知っていた。
「残念ですが、あなた方の戦いはここで終わりですよ。ほんっとぉ~に残念ですねぇぇぇぇぇぇ」
あっひゃっひゃと、廊下に笑い声が響き渡る。
ワダヤミを囲うように布陣したケチャップ派は、キャップをすでに開栓しており、容器を持つ手に力を入れればすぐにでも攻撃できる態勢だ。
「たとえどのメーカーの信奉者であっても、ケチャップを愛する心は一つ。我々はあなた方をここで断罪する」
その言葉通り、よくよく見ると持っている容器の形、噴出孔の形状、ケチャップの微妙な色合いが異なる。
「さあ、ここでくたばりなさい! 攻撃開始!!」