第四話 武器よさらば その2
マヨネーズ派との交渉は失敗に終わった。失敗と言うよりは、話を聞いてもらえなかった、というのが正しいところではある。
だが、紳一郎にとって、それは間違いなく失敗であると言えた。
「た、たいへん~」
そこに、待機部隊の一人が走りこんできた。
「藤原さん!? ど、どうしたの」
はぁはぁ、と息を荒くする少女を迎え入れ、その報告を聞く。
「レモンが、レモンが三階に押し寄せてきて、待機チーム、全滅、ですっ」
そこへ、反対側の階段から降りてきた待機チームの四名が合流した。
「とりあえず、武器は持てるだけ持ってきた。でも、俺ら以外は……」
「そうか、よくやってくれた。これだけあれば持ちこたえられるだろう」
すぐさま、紳一郎はチームを分けた。北階段と南階段で、迎撃戦を行うのだ。
三十名ずつが、胡椒爆弾を抱えて階段へと向かった。
「ずっと、考えていたことがあったんだ」
「何か問題が?」
「レモン爆弾の精製さ。こうして二階を占領したが、作っている場所はなかった。絞りカスもだ」
言われて、雪斗ははっとした。確かに、ここで作っていたのであれば、慌てて逃げ出したため、その形跡が残されているはずだ。
だが、そんなものはどこにも見当たらなかった。
「だが、どこで……」
「家庭科室だ、機材的には他に考えられない」
レモンを素手で絞れるような肉体派は、それほど多くはない。いないことはないが、それでは製造効率が悪すぎる。家庭科室なら、水風船とレモンさえあれば、いくらでも製造できる。
何より運動部用のレモンは、家庭科準備室に常備されているのだ。彼らは部費をカンパし合い、レモンの在庫が切れないよう、かなりの量を確保していると聞いたことがあった。
それを思い出せなかったことが、紳一郎には悔しくてたまらなかった。
「そうか、なるほどな。それで、オレのチームを残したのは、行けってことだな」
「ああ、ユキに任せたい。ユキでないと、たぶん無理だ」
「任されよう」
「正直に言えば、厳しいどころじゃない。増員した分、警備も厳重なはずだ。そのまま力尽きることもあるかもしれない」
「だが、から揚げにレモンをかけるくらいなら、オレは前向きに倒れることを選ぶ」
「ユキならそういうと思ったから、やることにしたんだ」
今生の別れになるかもしれない。そんな予感はしたが、お互いを信頼し合う二人は、そんなことをおくびも出さず、がっちりと握手を交わした。
「那波さん、北階段の指揮を──」
「私も家庭科室に行く」
短く、そう断言した。
「……だろうと思った」
紳一郎が、雪斗と比奈子、そして特攻チームのメンバーを見る。
「南階段は石川さんが頑張ってくれてる。北階段はどうにか抑えるから、渡り廊下を超えてくれ」
上下から飛んでくるレモン果汁の爆撃を壁を遮蔽に躱しながら、胡椒爆弾を投げつける。
原理主義はそんな攻防を階段で行っていた。
レモン果汁を頭からかぶった生徒たちが、それでも戦闘を続けている。
自由主義側は上下から二階へ投げればいいが、原理主義側は目標が下か上かとなるため分散し、分が悪い戦況だった。
二倍の攻撃の隙をついて胡椒爆弾を投げるだけで、戦果は芳しくない。
「特攻隊が渡り廊下を超える。その時間を稼ぐ」
「おっしゃー、任せろ!!」
「オッケー、レモンを押さえつけましょ」
仲間たちの熱い同意を背中に受けながら、紳一郎が先頭に立って階段室へと飛び出す。それに合わせて北階段の守備部隊の仲間たちも一斉に飛び出す。
上下にまきちらされる胡椒爆弾が、小気味良い音を奏でて四散していく。
胡椒の雨が、階段室に舞い散った。範囲攻撃である胡椒爆弾は、こういう状況に、とても威力を発揮した。
たまらず隠れる自由主義者たちだったが、別の者が顔を出して攻撃を行ってきた。
人数にモノを言わせた交代戦術だ。織田信長が長篠の戦で見せた三段構えを、ここに持ってきたようだ。
レモンのべとつく果汁に塗れても、原理主義者たちは決して退いたりしなかった。
階段室に紳一郎たちが立ちふさがっている間に、雪斗は振り返らずに渡り廊下へと走った。
左右に窓があり、右手には校門、左手には校庭が見える。そのどちらにも、人影はない。登校してきた全生徒が、この戦争に従事していることの証左かもしれなかった。
渡り廊下を走り抜けたところで、左右からレモン果汁の爆撃を受けた。
思わぬタイミングでの攻撃に、チームはいったん後退を余儀なくされる。




