第四話 武器よさらば その1
教室に逃げ込んだり、廊下で行動不能になり、原理主義に確保された二三名は二年四組の教室に幽閉された。
原理主義の奇襲部隊はその廊下で互いの健闘をたたえ合っていた。
三年廊下、二年廊下はすでに占領下である。
「いやはや、こうも上手くいくとはね」
「だが、これで終わりとは思えないな」
「そうだね、なんだかんだで八割程度が生き延びた。まだ終わりはしないけど、こちらの武器の威力は十分に知らしめることができた」
今頃は、待機している二十名余りが、胡椒爆弾の精製に勤しんでいるはずだ。
雪斗も、三階に避難する際にロッカーから秘蔵の味塩胡椒を提供した。
と、不意に紳一郎の携帯が鳴り始めた。
「メールか」
携帯でメールを開いた紳一郎が、笑顔を凍らせた。
「レモンどもが、一年全員を支配下に置いた」
そして、出来れば言いたくなかった、という表情で告げた。
ざわめく奇襲部隊。
「そうか、運動部は縦社会だ。二年同士は争っても、一年は言われれば従うのか……」
それは間違いなく盲点だった。
その上、文系の生徒たちも二年生の指示なので従ってしまった、と紳一郎は続けた。
「一年とはいえ、総勢三百の増員だ。かなり厳しくなってきたな」
「大丈夫なの?」
「……残念ながら」
その続きを紳一郎は言わなかったが、何を言おうとしていたかは、誰もが直感的に理解していた。
戦争は数だ。同等以上の数を集めてこそ、思い通りに戦場を動かすことができる。少数で大部隊を相手にするなど、作られた英雄譚でしかない。
さらに、紳一郎の携帯が鳴る。
「もう、悪いニュースはないよな」
と呟きながら携帯を見た紳一郎は、もうだめかも、というジェスチャーを取る。
「ああ、悪いニュースってのはどうして続くんだろうな。詳しいことは分からないが、ケチャップがレモンに付いた」
再び、原理主義者たちに戦慄が走った。
近くの者同士で顔を見合わせあうが、どの顔も不利な状況に消沈している様が見て取れる。
あわてて通話ボタンを押す紳一郎。
そしてそれを見守る雪斗たちは、静かに、待ち続けた。
「だからさ、約束は守ったよね」
優一は携帯の向こうの相手を諭すように、そう言った。
視聴覚室にいた三十名余りは、その数を半数にまで減らしていた。
ケチャップ派は和田輝に連れられ、自由主義に与すると言って立ち去ってしまった。
「ケチャップがどうこう、なんてのは僕たちには関係ないんだ」
紳一郎の味方をしたい智子も、今回ばかりは口を挟めそうになかった。
何しろ、優一はすでに指示を受け、その通りに行動しているのだから。
「申し訳ないが、力になれそうにないね」
最後にそう言うと、紳一郎が何かを言っていることを気にも留めず、通話終了のボタンを押した。
明確な拒絶の意思を、親指一つで伝えたのである。
「なんだい、トモツン。言いたいことがありそうだね」
「……ないわ」
そう一言だけ残すと、この場には居たくないとでも言うかのように、別の席へと移動した。
「ふふ。これで、また褒めてもらえるかな」
優一は、その状況を妄想することにした。
蘭と剛三の元へと向かった智子は、二人の前で、はぁと盛大なため息を漏らした。
二人は顔を見合わせ、その上で智子に声を掛けなかった。
はぁ~、はぁ~、と何度も何度もため息をつく智子。
やがて。
「ちょっと、聞いてよ。てか何か言ってよ」
「トモツン、お姉さんに聞いてほしいことがあるの?」
「お前の話を聞いても麻婆最強説は覆さないぞ」
「そういう話じゃないと思うのよ、ゴウちゃん」
「お蘭ちゃんは優しいねぇ。麻婆眼鏡にも見習って欲しいよ」
「なんと。それなら熱々麻婆とろっとろ地獄に招待してやろうか」
「なにそれ。微妙にエロそうなのがキモイ」
「何を言う。囲碁将棋部伝統行事だぞ」
「じゃあアンタが作ったんじゃない」
戸田剛三、囲碁将棋部を乗っ取る。
新聞部にそうスクープされたのはいつだったか。
まぁ、今思い出すことじゃないや、と智子はそれを考えるのを中断した。
「仕方ない。家庭科室で作ってこよう。楽しみにしていろ」
「いや、話を聞け。というか聞け」
しかしその声を無視して、剛三は視聴覚室を後にした。
「……お蘭ちゃん、聞いてぇ~」
「お姉ちゃんです」
「お蘭ちゃんお姉ちゃん、聞いてぇ~」
「仕方ありませんね、お姉ちゃんに話して御覧なさい」
智子は、蘭に愚痴り始めた。