第三話 目には目を、奇襲には奇襲を その3
足音を立てないように、階段を一歩ずつ降っていく。
先行する雪斗が踊場からそっと階下を見下げ、無言で手招きする。
階段室の二階には人影が見えなかった。
踊場でチームを待機させると、雪斗はさらに階段を進んでいく。足音を立てず、聞こえてくる声に警戒しながら、一歩ずつ。
階段を降り切り、一息付く。壁に張り付き、身を屈め、廊下の端からそっと廊下を覗く。
二年四組のメンバーが、いまだに人員整理に追われていた。
三組から七組のあたりに集まっており、一組のある北階段側は完全に無防備だった。
指示出しの声が、間断なく聞こえてくる。
「千葉さんだね」
顔を出さず、声だけを聴いて、比奈子が指摘する。
リーダーシップを発揮しているのは、千葉佳乃に違いなかった。身振り手振りで人の振り分けを行っている。
顔を引っ込めた雪斗は、腕時計を見る。
南北で同時に突入を行うため、開始時間をきっちり決めている。あと一分だ。
雪斗が手招きすると、チームの四十人ばかりが階段を降りてきた。
時折顔を出しつつ、時計との間で視線を交互に向ける。
「準備はいいか?」
みな、口を開くことなく一斉に頷いた。いいチームだ、士気も高く、意志の疎通も取れている。
それを嬉しそうに確認すると、雪斗腕を上げて指を五本立てる。
時計を見ながら一本ずつ折り、そして。
腕を前方へと振るった。
「おらああああああああああああああああああっ!」
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
「レモンは死ねぇぇぇぇぇっ!」
雄叫びを上げ、二年廊下に突入する。雄叫びは、同時に南階段からも響いてきた。見事に、ほぼ同時に攻撃が開始できた。
雪斗は新兵器を構えると、高めを狙って投げた。その隣では、ソフトボール部でピッチャーを任されている比奈子も、綺麗な下手投げで手前の生徒に命中させた。
ゴムの破裂する音が多量に鳴り響く。
原理主義の新兵器、胡椒爆弾が、ついに実戦に投入された。
迎撃態勢の整っていなかった自由主義者は、次々と新兵器に襲われ、倒れていく。
が──
なすすべなく原理主義者たちに蹂躙されていく仲間を見ても、彼らの士気が下がることはなかった。
先に武器を用意していた自由主義者たちも、レモン爆弾を投げ返して応戦を始める。
しかし、胡椒爆弾の威力はとても高く、くしゃみによる力の入れミスがそこかしこで発生し、せっかくのレモン果汁も武器として役に立っていなかった。
運よくまともに射出されたレモン爆弾も、廊下の途中で落ち、窓に当たり、壁に当たる。
原理主義者たちが廊下の中央に立っていても、極稀に飛んでくる程度で、足を止めるほどの脅威にはならなかった。
廊下の両端から、原理主義者たち四十人ずつが持てるだけの武器を持ち、一斉に投げつける。
もはや、戦場ではなく虐殺現場であった。
「て、撤退ぃぃぃぃ!」
自由主義者の中から、そんな声が聞こえてきた。
南北の近いほうに、自由主義者が殺到する。原理主義者たちはその行動を見るやすぐさま下がる。
逃げ出す奴は逃がしておけ、どうせもう、逆らおうとしないだろう。
そう紳一郎が言っていた。
戦争では、損耗が三割を超えると壊滅扱いなのだそうだ。指揮系統がズタズタになり、まともに戦闘行動がとれなくなるらしい。
もっとも、二年四組の連中以外は、面白そうだと参加している者が多いはずだから、モチベーションは高くないだろう、だからこれで大幅に減らせる。まずはそれを目標としよう。
下に恐るべきは、紳一郎の腹黒さだと雪斗は考えている。
腕力にモノを言わせる喧嘩であれば、紳一郎など片手で十分に捻ることができるが、人数を使い、作戦が必要になれば力だけではどうしようもなくなる。
そこに目をつけ、中学時代から共にやってきた。
こういう時の相棒は、とても頼りになる男だった。
二階廊下から人影が失せた。
三階へ逃げた者たちは、待機部隊に確保されていることだろう。
ほぼ無傷の奇襲部隊は、端から教室の中を占拠していく。
教室に逃げ込んだ者たちが、それによって捕えられていった。
二年廊下を、原理主義が占有した瞬間だった。