第三話 目には目を、奇襲には奇襲を その2
「おそらく百人は下らない味方が合流する」
三年三組の教室で紳一郎が教壇に立ち、二年四組のメンバーを見回しながらそう言った。
「こっちは、あらかじめ想定していたから、特に混乱はないだろうし、改革主義の連中は先行していたから、向こうも平気だろう」
ニヤリ、と性質の悪そうな笑みを浮かべて続ける。
「だが、想定していなかったレモンどもは、きっと大混乱さ。しばらくは動けなくなるだろう。そして、二年廊下に集まる」
「なぜ?」
「簡単なことだよ。もともと少数だったから拠点は自由にできたけど、向こうも百人近い人間が集まるんだ。それなりに広い場所が必要になる。三階にウチらがいる以上、あいつらは二階を拠点にするだろう」
「つまり……どういうことだってばよ?」
「向こうは収拾を付けようとしている最中でも、こちらは部隊編成を終えて攻撃布陣を展開した状態。確実に、攻め落とせる」
紳一郎の予想通り、自由主義者たちは大混乱に突入していた。
「陸上部っ! こっちに集合!」
「野球部はこっちだ! 駆け足!」
佳乃と晋が、所属部の生徒を集めるために声を張り上げていた。
二十人ばかりの精鋭で構成されていたため、意志の疎通も容易で、奇襲も見事にこなすことができた。だが今は、百人を超す追加人員が増えてしまった。
部活動の後にはレモンの蜂蜜漬けがこの高校の運動部の伝統であるがゆえ、集まったメンバーは体育会系が多くを占めた。
これはもしかすると簡単に勝てるかもしれない──
そう思ったのは、数分だけであった。
運動部であることの弊害が、あっさりと発生したのである。
全員が同学年であるため、言うことを聞かないのだ。
曰く──「オレは次期部長だ!」「補欠がレギュラーに命令するな!」「なんでお前の指示に従わなきゃならんのだ」
そう。上下関係にとても敏感な彼らは、発端である二年四組を放って主導権を握ろうとしてくる。
三年生が不在であるため、彼らを律することの出来る存在がいないのだ。
さらに、サッカー部と野球部がグラウンドの使用について対立しているなど、もはや組織として成り立たないレベルになっていた。
とはいえ、憎き原理主義者たちがこの増員を迎合する以上、こちらも受け入れなくてはならない。圧倒的な数の暴力には、数で対抗するしかない。
「春歌! バスケ部とバレー部の喧嘩止めて!」
「あいよ!」
佳乃の叫びに、人並みをかき分けて、ポニーテールを振りながら春歌が駆け出す。
「井出君! 野球部とサッカー部、任せた!」
「オーライ!」
「岡田! 柔道部と剣道部なんとかしな!」
「オレがぁ!?」
「いいからやれ!」
「は、はいっ!」
手をメガホンにし、陸上部を取りまとめながら、次々と佳乃がクラスメートに指示を出し続ける。
それでも事態が落ち着くことはなく、今攻められたらヤバいな、と危機感だけが増していった。
「ユキと委員長のチームが北階段から。石川さんとぼくのチームは南階段から。加藤さんたちはここで待機」
「新兵器は運搬係と投げる係をチーム内で決めておいて」
「水原くん、偵察どうだった?」
紳一郎が目まぐるしく忙しそうに走り回っていた。
それを見ながら、雪斗は壁にもたれかかって座っていた。
「手伝わないの?」
雪斗の隣に座る比奈子が、そう聞いてきた。
「頭脳労働はシンに任せることにしてるんだ」
「そう」
「俺の詰襟、少し大きかったか」
裾から覗く比奈子の手は、手のひらまで包まれていた。
「大丈夫。袖をめくれば問題ないよ」
一人になると色々と考えてしまいそうで、雪斗はなるべく比奈子の側にいようとした。
考えてしまうことは、つい数時間前まで隣にいた、春歌のことであった。今は、敵だ。そして、もう二人の関係は終わってしまった。
「宮本君は考えてることが顔にでるタイプだね」
「そうか? 取って置きの味塩胡椒が持っていかれてしょんぼりしてたんだけど」
「うそ」
比奈子は、まっすぐに雪斗の目を見つめる。
「佐々木さんのこと考えてた」
「い、いや……」
雪斗は目を泳がせてしまい、すぐに気づいてしまったと思うが、それはすでに遅かった。そもそも、喧嘩でにらみ合うのとは違う目の合わせ方は慣れていない。
「別に隠さなくてもいいよ。男の人が、そういうの引きずるってことは知ってるし」
「もしかしてベテランハンターか」
「ううん。知識として知ってるだけ」
「そっか」
「うん」
「じー」
いつの間にか正面にいた夏帆が、中腰で二人を見ていた。
「いつの間に?」
「いちゃらぶってる間に」
「気づいてたけど」
「むう」
比奈子は気づきつつスルーしてたと言うと、夏帆は大げさにショックだーという演技をした。
中腰のため、スカートの中が雪斗に丸見えだったが、残念ながらそこにあるのは着替えの際に穿いたスパッツである。
「そろそろ出番だよ」
「オッケー」
その言葉に、雪斗は勢いを付けて立ち上がった。
「南階段だったな」
「北だよ」
「今のはボケだ」
「そう」
雪斗と比奈子は教室を出て北階段へと向かう。
三年一組の前には、四十人ばかりが集まっていた。このメンバーが、雪斗と比奈子のチームであった。
「五分後に二階へ行く。覚悟はいいな」
新兵器を手にした四十人が、一斉に頷く。気取られるわけにはいかないため、大きな声は出さない。
統制の取れた一団に、雪斗はしっかりと頷いた。
これなら、憎いあいつらに奇襲の恨みを返せるだろう。