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電話、約束

 どのタイミングが正解か。こんなこと、したことがないので見当もつかない。とりあえず家族で夕飯を食べてから、部屋に戻り実行することにした。

 ベッドに腰掛け、携帯電話をパカッと開く。

 メモに書かれている数字をゆっくり押し、間違いがないか何度も確かめた。

 いざ、電話しようと思うと思うと、胸がザワザワしてくる。やはり、恐怖は身体に蔓延しているのだ。今ならまだ引き返せる。

 たが、興味は思った以上に、人の判断を狂わせるものだ。発信のボタンを押してしまい、身をもって実感した。

 一回、二回、三回目でコールは止まる。

「もしもーし!」

 殺風景な自分の部屋で、初めて聞いた家族以外の声だった。電波を通しているからだろうか。少しだけ声の感じが変わっている。それでも、学校にいる時のような口調だ。

 僕は勇気を出して声を振り絞る。

「き、北崎だよね」

 彼女の名前を出すと、明るいが妙に落ち着いている声が聞こえてきた。

「あ、修治。手紙読んでくれたんだ」

 名乗らなくても、僕からの電話だとわかってくれた。きっと、かなり電話に慣れているのだろう。

 一方、不慣れな僕は、頭が真っ白になってしまった。

 気まずい沈黙の間に、何をどう聞いたら良いか考え直す。だが、北崎は聞いてもないのに自分から言ってくれた。

「昼休みはごめんね。びっくりさせちゃったよね。電話してくれたお礼に内緒の話、聞かせてあげる」

「内緒の話?」

 一体、何だろうか。また、意味不明なことを言われてしまうのか。それでも聞いてみたい。

 北崎は受話器越しにも関わらず、声を少しだけ潜めた。

「レンヤくんね、何回も強引に告白してきたの。だから、付き合うしかなくて。そんな感じで、ああなったから気にしないで」

 内緒の話だと言われたが、そんなことは最初からわかっていた。拍子は抜けたが、そこからジワリと安心が滲み出る。やはり、あの涙は嘘だった。僕が感じたことは間違っていなかったのだ。

「気にしてないし、心配もしてないよ。最初から泣いてるようにも見えなかったから」

 自分の気持ちがそのまま出てしまった。冷静に考えたらかなり失礼なことを言っている。

 すると、北崎から僕にとって衝撃的な返事が返ってきたのだ。

「うれしい! 私のことわかってくれてありがとう! さすが修治! 私達、もしかして似たもの同士?」

 ……似たもの同士。

 あの日は何故、北崎が怖いのに見送ってしまったのか。その一言で、答えがわかった。

 初めて話した時の北崎は学校の時とは違い、得体の知れない存在だった。僕もクラスメイトから見たら、得体の知れない存在だろう。そう、二人は似たもの同士だった。そうした親近感が、無意識に引っかかっていたのだ。

 あの日は初めて他人を仲間だと思った瞬間だった。だけど、自分自身が気がついていなかった。

 いくら怒られなかったとはいえ、もう一度思ったことをそのまま言ってしまっては失礼だ。今度は言葉を選ぶ。

「どうだろうね。北崎がそう言うなら、そうなのかも」

 受話器から聞こえた優しい笑い声が、恐怖を完全に消毒してくれた。心のドアを開けて、清々しい無菌室に北崎を招き入れた。

 もう、気になることを聞ける。

「ところでさ、あの蝶は何なの? 今年の四月から見えるようになったんだけど……」

「何だろうね? 私の身体から先に出てきちゃったのかな? 私も見えたのは修治と同じくらいの時期からだよ」

 硝子羽のアゲハについて、結局何もわからなかった。それなのに、同じくらいの時期という言葉で、何故か知りたいことを知った気になった自分がいる。

 次の質問をする前に、北崎は心配そうに言った。

「ねぇ。通話代、大丈夫なの? ケータイから電話かけてるよね?」

 確かに、あまり長く話すと今月の請求が大変なことになってしまう。二日前なら、絶対に言わなかったことをすんなりと口にした。

「それなら、うちで話を聞きたい。土曜日、親いないからどうかな」

「いいの? 行く!」

 学校と同じような口調が受話器から聞こえた。それなのに、自分を明るく照らしてくれる陽の光のように思える。

 詳細を決め、ついでに家の電話から携帯電話にかけたほうが通話代が安いと教わり、この日は電話を切った。

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