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2006/5/8 教室、別れ話

「おっはよー!」

 月曜の朝から、心臓が止まるかと思った。背後から刺されたような反応をしてしまうなんて、なんとも情けない。去年も学校を一日も休んでいない北崎が、今日も来ることくらいわかりきっていたはずだ。

 恐る恐る、北崎を見た。

 みんなからあいさつを返され、同じグループの女子からは「なーちゃん、なーちゃん」と慕われている。昨日のことが悪い夢だったのではと錯覚しそうだ。だが、北崎に纏わりつく硝子羽のアゲハが、あれこそが現実だと音もなく言っている。土曜日に起きてしまったことは、都合よく夢に変わってくれない。

 変わったことがあるとしたら、今まで北崎に抱いていた嫌悪感がなくなったことだ。代わりに、とてつもない恐怖感がある。あれから二日経って、恐怖が病原菌のように繁殖してしまったのだろう。

 もう、硝子羽のアゲハさえも見ないようにした。だけど昼休み、こんな僕ですら北崎のことを見てしまうような事が起きてしまったのだ。

 クラスメイトのほとんどが昼食を食べ終えた頃、別のクラスの男子が教室に入ってきた。

 背が高く、髪型は今流行りの左右非対称で、頭髪検査には確実に引っかかる長さだ。部活で鍛えた筋肉が、制服からでもわかる。一番人気の女子が北崎なら、一番人気の男子は彼で間違いない。

 レンヤだ。一年の時は僕と同じクラスだった。そして、北崎の彼氏だ。

 辛いことなんて何もありませんと言わんばかりに、ヘラヘラして偉そうな姿が、一年の時から目についていた。だが今は、本来経験するはずだった辛いことを、一気に背負ってしまったような顔をしている。

 レンヤが北崎の方に近づいて来た。

 机同士をくっつけて大きなテーブルみたいにしているせいで、北崎の顔が僕の席からでも見えてしまう。すぐに次の授業の教科書を鞄から出して、視界に入れないようにした。

 普段の威勢がないせいで、レンヤの言葉が逆によく聞こえてくる。

「なーちゃん、もう一回、しっかり話し合わないか? 今日の放課後、カラオケでも行こうよ」

「……ごめんね」

 北崎が弱々しく謝った。その後、レンヤが縋るように言った言葉が、教室中の視線を二人に集める。僕ですら例外ではなかった。

「俺、なーちゃんと別れたくないよ。お願いだから考え直してくれよ」

 クラスメイトで一番最初に声を出したのはオオバヤシだった。

「なーちゃん、レンヤと別れちゃったの? なんで? 上手くいってたのに……」

 いつも一緒にいるくせに、北崎のグループですら誰一人として何も知らなかったようだ。誰しもが困惑するだけで、オオバヤシ以外は言葉さえもかけられなかった。そんな中を、硝子羽のアゲハは興味がなさそうにフワフワと飛ぶ。

 まさか、彼氏がいるから部屋には入れないと僕が言ったからか。いや、そんな馬鹿なことはあるわけがない。普通は一番人気の男子と別れてまで、蝶になる証拠を見せたいなんて、ないはずだ。そこまで狂っていないでほしい。

 北崎の肩が上下に動く。

 鼻を啜る音が聞こえた。

 目から涙を流し、息を乱しながら言う。

「レンヤくんは……レンヤくんは悪くないの……私が……私が……」

 そう、北崎は目から涙を流しているのだ。

 本当にそうとしか言いようがない。玉ねぎを切った時みたいに涙を流しているだけで、泣いているように全く見えないのだ。

 オオバヤシが心配そうに背中をさする、他の仲間は慰める、教室中が心配している。レンヤに至っては、「ごめんね。もう諦めるよ。今は俺がいないほうがいいよな」と言って引き下がってしまった。

 どうしてだ。どうして、誰も気が付かないのだろうか。北崎の異常な一面を知らない人でも、気が付かないほうがおかしいと思う。

 硝子羽のアゲハは相変わらず、自分には関係ないと言わんばかりに飛んでいる。まるで、この蝶がみんなに見えていないかのように、北崎が流している涙が、偽りに見えていないのだ。

 しばらくして北崎は落ち着くと、クラス全員に向けて言った。

「みんな心配かけてごめんね」

 教室中が「大丈夫だよ」と答えた。そこに関して、僕は例外で、そもそも全く心配なんてしていない。

 北崎の涙を見抜けない、クラスメイト達も狂っているのでは?

 そんなことを考えていた。そこから考えは膨らみ、頭の中が北崎への疑問で埋め尽くされる。それは一日中こびりついて、離れることはなかった。

 そして、それは下校時に起きたのだ。

 考えすぎて疲れた頭で、下駄箱を開けた。すると、靴だけではなく、見覚えがない一枚の紙も入っていたのだ。とりあえず手に取る。

『羽化しちゃう前に連絡してね! 奈々美より』

 電話番号も丁寧に書かれていた。

 僕とまだ関わろうとする北崎にゾクッとして、メモを片手で握り潰す。そのまま、ゴミ箱に捨ててやろうと思った。

 そのはずだった。

 そのはずだったのに、自分のポケットの中に入れてしまったのだ。何故自分がそんなことをしたのか、もうわけがわからない。

 逃げるように校舎から出た。

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