表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

2006/6/26 喧嘩

 まだ電車は動いている。

 すぐにパジャマから私服に着替え、通学に使っている鞄を持った。机の引き出しに入れていたメスを、ポケットに入れる。

 二階から降りて、玄関で靴を履いた時だ。

「こんな時間に、どこに行くの」

 心配そうな母親の声が、背後から聞こえてきた。ああ、嘘をつくしかないな。

 奈々美が倒れた日も、学校から親に連絡が来て根掘り葉掘り聞かれた。最初のうちは迷惑をかけて申し訳ない気持ちはあったが、段々面倒になったのだ。本当のことを話せば、今回も面倒なことになる。

 嘘をつくしかなかったはずだった。

「……僕を待ってる人に呼ばれた。大切な人なんだ。だから行かせてほしい」

 何で本当のことを言ってしまったのか。自分にもわからない。でも、よく考えると、初めて親に自分の願望を伝えた気がする。

 だが、背後から聞こえてきたのは淡々とした怒りだった。

「絶対に行っちゃダメ。北崎さんって子だよね。こんな時間に呼び出すなんて、おかしいよ」

 ……今、何と言った?

 おかしい? 奈々美が?

 どいつもこいつも奈々美のことを知らないくせに……奈々美を悪く言いやがって!

 睨みながら振り返る。

 土足のまま家に上がり、一気に母親との距離を詰めた。

 鈍い音、痛い拳、悲鳴、倒れた母親。

 玄関の扉を開け、孤独な夜に飛び出す。

 一人になって気がついた。母親なら僕をわかってくれると、心の隅で思っていたのだ。でもダメだった。やはり、僕には奈々美しかいない。早く奈々美に会いたい。

 しばらく走ったが、駅までまだ距離があるところで、足が止まってしまった。

 これは……。

 ひらりひらり、夜の街を孤独に飛ぶ。透明な羽が街灯に照らされる。

 硝子羽のアゲハだ。

 駅とは違う方向に揺れるように飛んでいるのだ。僕は迷わず蝶についていく。硝子羽のアゲハは二人を出会わせてくれた。奈々美も蝶を追って空き教室まで来てくれた。だからきっと、これが正解なのだ。

 住宅街に紛れ込んで行き、気がつくと全く知らない街になっていた。それでも硝子羽のアゲハに導かれるままに歩く。

 確かに、導かれていたはずだった。それなのに、いつの間にか蝶の姿が消えていたのだ。慌てて周りをキョロキョロと見渡す。

 その時、空車のタクシーが目に入った。大通りではない住宅街を不自然に走っている。

 そうだ。僕の目的は一刻も早く奈々美に会うことだ。手を挙げて、停まったタクシーに乗り込む。

「どちらまで行かれますか?」

 鞄を開けて財布を確認した。おそらくこのお金なら、バス停まで行くのが限界だろう。

 行き先を告げて車が走ると、あっという間に目的地に着いてしまった。さらに乗る予定のバスも来ていたので、お金を払いタクシーから降りると、走って列に並ぶ。自分が最後の乗客で座れなかったが、どうにかバスに乗れた。出発前にアナウンスが流れる。

「このバスは本日最終便です」

 もし、タクシーに乗っていなかったら確実に間に合わなかった。硝子羽のアゲハのおかげだ。

 バス停に停まるたびに乗客が減り、座れるようになったのでシートに腰掛ける。疲れが一気に溢れて、瞼が自然と落ちて意識が飛ぶ。

 目的の一つ前のバス停で目を覚ましたので、「次、停まります」ボタンが押せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ