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THE LAST TEEN KISS-シュメタリングの夜明け-  作者: 野良猫
第二章 君は蜜よりも甘く
17/22

2006/6/9 約束のあの丘

 次に会う約束をしたのは、中間テストが終わった日の午後、つまり今日だ。

 奈々美が自殺未遂をして以来、初めてこの駅に来た。今回はそこからバスなので、駅員に教えてもらった乗り場のバス停に並ぶ。そこそこ人がいるので、座れるか不安だ。

 少し待っていると、思ったよりも早くバスが来た。

 一人用の席が空いていたので座れたが、車内にはどんどん人が増えてくる。

 行き先を確認するために、鞄から紙を出す。隅々まできっちり読んだが、乗り場も行き先も間違いない。もし間違っていたら、先に行っている奈々美に会えなから大問題だ。

 紙を鞄に戻し終えてしばらくすると、同じ学校の知らない生徒が乗ってきた。誰かに見られたら面倒だから、奈々美と時間をずらして行くことにしたが正解だったようだ。

 バスが発車した。

 賑わっている駅周辺を抜けて、ガストやセブンイレブンがある大きな道路を走る。マンションや住宅などが見えてきた所で、同じ学校の生徒は降りた。

 バスが進むにつれて緑が増え、乗客が減って行く。なんだか、心細くなってきた。気を紛らわすために、再び鞄から紙を出す。

 今、僕はここの植物園に向かっている。

 薔薇のような奈々美の匂いを思い出し、蝶といえば花だから植物園に行けば何かわかると思った。インターネットで調べて、三年前に書かれた日記を見つけたのだ。そこには、学校から行きやすい場所にある植物園のことが、詳細に書いてあった。そのページを印刷したものを、こうして読んでいる。

 だがよく考えると、花を観に行くのは観覧車よりも先にやるべきだった。どうして思いつかなかったのだろうか。でも、結局は行くことになったのだから良しとしよう。

 バスはどんどん進み、ついに家よりも畑や雑木林の方が多くなってしまった。駅と同じ市内だと思えない。

 目的のバス停がアナウンスされたのでボタンを押す。気がつくと乗客は僕だけだ。

 しばらくして、バス停が見えてきた。

 少し離れたところに、鞄を持った制服姿の奈々美がいる。

 最後に会った時は冬服だったのでベージュのカーディガンを着ていたが、今日は白いブラウスだけだ。

 バスが停まりお金を払い降りると、思わず駆け寄ってしまった。

「ごめん。待たせちゃったね」

「うん! すごく待った!」

 変に明るく言う彼女に思わず和んでしまった。ドキドキを通り越して、一緒にいると落ち着いてくる。

「待ってくれてありがとう。行こうか」

「植物園、楽しみ」

 緑に囲まれた道を、二人でゆっくりと歩く。ここから先は真っ直ぐだ。特に迷うこともないので気楽に行ける。

 僕から奈々美に話しかけた。

「ここって駅と同じ市内なんだよね。田舎って感じがして全然違う」

「そうだよね。空気が美味しい」

 会話が途絶えずに歩き続ける。遊園地の時みたいな無言も良いが、こうして話しながら歩くのも楽しい。もはや、奈々美がそばにいてくれるなら、どちらでも良いのだろう。

 そろそろ着きそうな頃、植物園の駐車場らしきものが見えてきた。そこに車は一台もない。さらに、コンクリートがひび割れていて、不法投棄と思われるゴミまで捨ててある。

 嫌な予感を抱えたまま、駐車場に着いた。

 なだらかな丘があり、頂上に向かって階段が続いている。

「修治、本当にここであってるの?」

「ここを登れば着くはずだけど……」

「まぁ、いっか。行こう!」

 奈々美はあっけらかんと進み始めたので、僕も隣を歩く。先ほどまでと違い、会話がない。少し気まずい沈黙の中で登り切ると、目の前の光景に絶望した。

「奈々美、本当にごめん……」

 嫌な予感は的中、丘の上には何もなかった。

 雑草の生え方が不自然な所があるが、きっとそこに建物があったのだろう。

 そう、植物園は廃園していたのだ。誰かがインターネットに書いた三年前の日記を参考にしたのが失敗だった。

 さすがの奈々美もこれにはうんざりするだろう。もう、合わせる顔がない。

 すると、彼女は勢いよく僕の前に来た。いきなりのことで少しビックリすると、奈々美はクスッと笑った。

「何でそんな悲しそうな顔してるの? 植物園がないってことはさ、今のここは二人だけの場所だよね?」

 二人だけの場所、確かにその通りだ。本来の目的とは違うが、これはこれで大切なものを見つけたのかもしれない。

 奈々美の手を握る。今度は彼女が少し驚いた。

 その冷たい手は、もう人間のものではない。だけど、僕の心を深いところからジンワリと温めた。

 手と手を繋ぎ、二人で笑った。

 どちらが先というわけでもなく、植物園の建物があったと思われる場所まで歩き始める。ゆっくり、ゆっくり、一歩ずつ進む。僕の右手に奈々美の左手があるなら、どこまでもいけてしまう気がする。

 雑草が不自然な生え方をしているところに着くと、奈々美の手が離れた。思わず立ち止まる。

 彼女は僕より一歩前を進み、鞄を地面に置く。そして、両手を羽のように横に広げたのだ。

「決めた! 私、ここで羽化する」

 優しい柔らかな風が丘の草を揺らした。

「ここから飛び立てばね、まだわからない行きたい場所に行けると思うの」

 奈々美は手を広げるのをやめて僕の方を向くと、「根拠はないけどね」と付け加えて、テヘっと笑った。

 驚くほどすんなりと受け入れている自分がいる。

 きっと蝶になって行きたい場所なんて、蝶にならないとはっきりわからないのだろう。だから僕達はずっと、羽化する場所を探していたのかもしれない。

「僕も行けると思うよ。根拠はないけど」

 二人の大きな笑い声が丘に響く。

 もし、植物園があったなら大迷惑だっただろう。二人だけの場所だから、何も気にせず笑っていられる。僕と奈々美が見つけたそんな場所だから、行きたい場所に行けるはずだ。根拠としてあまりにも論理的ではないので、あえて口には出さなかった。

 笑っていた奈々美だったが、何かを思い出したかのようにハッとする。しゃがみ込んで、地面にある鞄のファスナーを開け、ゴソゴソと何かを探し始めた。目的の物を掴むと、立ち上がって僕に差し出す。

「これ、もう私には必要ないから持っていてほしい」

 その手にはプラスチックカバーがついたメスが握られていた。

「大切にするよ」

 メスを受け取り、ポケットにしまう。

 これが奈々美の苦しみの化身でも、僕にとっては大切な物だ。奈々美いなくなった世界で奈々美が生きた証として、例えどんな痛みがあろうと僕が背負っていく。

 ……奈々美の全てが大好きだから。

 心の声が聞こえてしまったのか、彼女の頬がほんのりと赤くなる。

「羽化する時は見にきてね。修治には最期まで見守ってもらいたいから」

「もちろん。約束だよ」

「うん! 約束だね!」

 固い誓いを交わして、二人は丘をあとにする。

 帰りのバスが中々来なくて、駅に着く頃には結構良い時間になってしまった。

 奈々美が羽化する場所が決まったお祝いしようと言ったので、ご飯を食べにいくことにした。彼女がオムライスを食べたいと言ったので、ラケルに入る。

 窓際の席での夕飯、これが二人で食べた最後の食事になるとは思わなかった。

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