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THE LAST TEEN KISS-シュメタリングの夜明け-  作者: 野良猫
第二章 君は蜜よりも甘く
12/22

2006/5/20 遊園地

 遊園地の入り口は人で溢れかえっていた。チケットを買う窓口は三つもあるのに、どれも長蛇の列だ。

 失敗した。もっと具体的に待ち合わせ場所を決めておけば良かった。そう思ったのは、ほんの一瞬だった。

 僕は思わず立ち止まる。

 北崎がいつものベージュのカーディガンを着て、特に目印になるようなものがない場所に立っていたのだ。

 僕の方向を向いているが、まだ距離がある。それでもたくさんの人間がいるこの空間で、すぐに見つかるくらいに、彼女は溶け込めていなかった。例えるなら硝子羽のアゲハのような存在感で、鮮やかすぎる非現実だ。このままクラスに入ったら、誰もあいさつなんて返せないだろう。

 そんな素顔の姿を見て、うれしくなってしまった。きっと、日常の仮面をつけて教室に入ってきた北崎を見たクラスメイトも、こんな気持ちなんだと思う。

 北崎の所に歩き出す前に、彼女の細い腕がスッと上がった。

「修治!」

 手を振る北崎を周りの人間がチラッと見る。これだけの距離があるのに、僕に聞こえるくらいの声で呼べば、誰だって見てしまうだろう。呼ばれた本人だってビックリだ。地味な自分が、こんなすぐに見つかるとは思わなかった。

 北崎が速足で向かってきたので、僕も同じくらいの速さで近づく。すぐにお互いの表情がわかる距離になった。今日を楽しみにしていたことが、顔を見ただけで伝わる。照れくさくなってしまい、そっけなく言ってしまった。

「チケット、買いに行こうか」

「うん!」

 北崎を直視できなくて、列を見てしまった。何となく二人の距離を取りながら歩き、真ん中の窓口に並ぶ。僕が前で北崎が後ろだ。初めて話しかけられた時とは違う、温かい気配を背後に感じた。

 列は少しずつ前に進む。

 それにしても、あれだけ話したかったのに全く言葉が出てこない。電話では話せたから、もう少しは大丈夫だと思っていた。

 北崎も僕に全く話しかけてこない。どうして話しかけてこないのだろうか、今どんな顔でいるのか。良い想像と悪い想像が交錯しているうちに、自分達がチケットを買う番になった。

 僕は窓口に壱万円札を出す。

「二人分お願いします」

 北崎は隣に来て、鞄のファスナーを開けた。

「今日は僕が出すよ」

「いや、それは申し訳ないって」

 手を止めずに鞄から財布を出す。意外と言っては失礼だが、誠実な人だ。だからこそ、なおさら払わせるわけにはいかない。

「なんか親からいっぱいお金もらってさ。使いきれないからむしろ奢られてよ」

 クラスメイトと遊園地に行くから帰りが遅くなる。そのことを親に話したら、たくさんお金をくれたのだ。僕が誰かと遊びに行くことなんてないので、本当にうれしかったのだろう。本当は誰かと遊びに行くような子供が欲しかったのだろう。

「良いご両親だね。羨ましい。そういうことなら奢られてあげるかな」

 北崎はニコっとして財布を鞄にしまった。

 二人分のチケットが買えたので、今度は入場の列に並ぶ。販売の列よりもスムーズだ。わりと早く係員にチケットを渡すと、半券とパンフレットをくれた。

 遊園地は予想よりも、カップルや友達と来ている中高生が多かった。同じ学校の生徒と鉢合わせるかもしれないと思ったが、見慣れない制服しかないので大丈夫そうだ。

 施設自体は昔と殆ど変わっていないと思う。幼稚園生くらいの時に、親から連れて行ってもらった記憶と薄ら重なり、あの時は全く楽しめなかったことだけは鮮明に思い出した。

 さっき北崎が言った通り、うちは良い親だ。悪いのは、何にも興味を持てずに満たされない僕だ。

 いや、今日はこんなことを考えるために、ここまで来たわけではない。今は隣に北崎がいるのだ。

 人の邪魔にならない位置に二人で移動して、僕はパンフレットを開いた。

「観覧車の場所、わかったから行こうか」

「え? いきなり観覧車?」

 北崎を見ると、キョトンとしている。今日の目的は観覧車だから、何か問題でもあるのだろうか。

「行くなら早い方が良いだろ」

「そうなんだけどさ。修治がせっかく二人分払ってくれたし、ちょっと遊んでから観覧車行こうよ」

 北崎と遊ぶ。そんな発想がまるでなかった。人と遊んでこなかった人生のせいで、かなり動揺している。だけど、彼女で満たされたい思いが、僕を突き動かした。

「それなら、北崎が乗りたいアトラクションに乗ろうよ」

「メリゴ乗ろうよ!」

「なんだそれ」

「メリーゴーランドのことだよ」

 北崎は隣来て、僕が広げているパンフレットを覗き込んだ。

 顔が近い。髪から良い匂いが、ほんのりと漂う。あまりにも近すぎる距離のせいで、心臓が異常な量の血液を全身に送り込む。このまま壊れてしまいそうな気もするが、このまま壊れるのも悪くない。

 メリーゴーランドの場所は、もうとっくに見つかっている。だが申し訳ないけれど、北崎が見つけるまで何も言わなかった。

「あ、メリゴあった」

「行こうか」

 北崎は一足先にルンルンと歩き始める。僕はその後ろをついて行く。今日の彼女はまるで子供のようだ。初めてうちの前に来た時の、落ち着いた雰囲気とはまるで違う。でも、アニメのキャラクターではないのだから、人間とは色々な面があるものだろう。

 たくさんの人がいる遊園地なのにまるで二人きりに思えて、メリーゴーランドの前にはあっという間についた。だが、そこで現実に引き戻されたのだ。

 え、これに並ぶのか……。

 列の長さは問題ではない。むしろ、他のアトラクションより短かった。そう、並んでいる人達が問題だ。まるで年齢の上限があるように、小学生くらいの子供達しかいないのだ。

 北崎は躊躇うことなく列に並んだので、僕はついて行くしかなかった。

 僕達は頭一つどころではなく抜きん出てしまっている。メリーゴーランドの周りで、保護者がデジタルカメラやビデオカメラを向けているが、身長だけなら間違いなく二人はそっち側だ。特に見られている感じもないが、なんだか恥ずかしい。

 並んでいる時間が無駄に長く感じ、やっと僕達が乗る番になった。

 北崎は茶色い馬に、僕はその隣の白い馬にまたがる。しばらくして係員がアナウンスし、出発のベルが鳴り響く。

 回る、回る、回る……。

 オルゴールのクラシックと一緒に。

 上、下、上、下……隣どおしのメリーゴーランド。

 子供の頃、ただ同じ場所をグルグルしているだけで、特に何も感じなかった。だけど今は自分自身が踊っているように、心身が弾んでいる。

 これ、こんなに楽しかったんだ。北崎はどうかな。

 彼女の方を見ると、大きな瞳に僕が映る。

 何も言わずに優しく微笑むと、進行方向を向いた。その綺麗な横顔は、同じ歳と思えないくらい大人で、それなのに少女のように無邪気に見える。

 視界を奪われた僕を、北崎はもう一度見た。プッと吹き出すように笑われてしまったので、慌てて前を向く。

 ほどなくして、メリーゴーランドはゆっくりと止まった。馬から降りてもまだオルゴールを聴いているかのような余韻だ。

 その後もいくつかのアトラクションに乗った。

 北崎が乗りたいと言ったので初めてジェットコースターに乗ったが、さすがに怖かった。だが、満足そうな彼女を見られたので、僕も満足だ。

 お化け屋敷に行きたいと言ったので、あまり気は進まなかったが入った。思ったより怖くなかったが、北崎は意外にも終始悲鳴をあげていた。

 何か理由があるとは思うが、彼女は身体に起きている変化を、完全に受け入れている。だから、作り物にここまで怖がるとは思はなかった。怖がりなのにわざわざお化け屋敷に行きたいと言ったのは、一番の謎だ。

 ちょっと変わっているけれど、素顔の北崎は普通の女の子なのではないか。家の前で最初に話した時のことが、嘘みたいに思える。

 だけど、絶対に普通の女の子ではない。誰といても何をしてもダメだった僕が、こんなにも満たされているからだ。今日という日を楽しい一日と呼ぶのだろう。

 あっという間に暗くなってしまった。楽しいと時間が早く過ぎ去ると聞いたことがあったが、どうやら本当のようだ。

 二人は観覧車の列に並んだ。

 家族連れより、男女二人組の方が多い。別に僕達はそういう関係ではないうえに、相変わらず並んでいる時の会話がない。そのせいで勝手に気まずくなってしまった。

 思ったよりも待ち時間が長かったが、やっと僕らの番だ。係員に案内され、先に僕が入る。左側に座ると、北崎は隣に座った。

 二人を乗せた箱は、夜空へとゆっくり上がって行く。北崎は顔を窓に近づける。

「私、夜の観覧車初めて。すごい」

 窓ガラスに映る星のように輝く瞳が、夕闇の遊園地を照らしているように見えた。

「僕も初めてだよ」

 こんな最高な夜は、本当に初めてだ。やりたくもない勉強で身につけた知識では、今の気持ちの名前がわからない。ただ言えるのは、この夜が終わらないでほしい。もっと満たされていたい。

 北崎は僕の方へと振り返る。

「景色じゃなくて、私ばかりだね」

 彼女はクスッと笑った。僕も窓ガラスに映っているので、北崎に見られていたのだ。

 恥ずかしさで目を逸らす前に、彼女は少し腰を浮かした。

 距離が縮まる。

 僕が少し動いたら身体が触れ合ってしまいそうだ。

 北崎は長いまつ毛の大きな目を、トロンと細める。少し顔が熱っぽく見えた。その輪郭はシャープなのに優しい。艶のある唇が半分だけ開く。

 思考は止まり、もう北崎しか見えない。

 自然と落ちる瞼、顔を寄せた。

 鼓動がうるさく高鳴る。

 ……唇が唇に触れた。

 柔らかくて、もう少し近づきたくて、歯と歯が当たる。

 北崎の色っぽい吐息が漏れた。

 舌が迷いながら僕の中へ。

 甘い……甘い。蜜のような、いや、蜜より甘い。人間を辞めて、蝶になる味。

 硬くぎこちない舌に、夢中で絡めるぎこちない僕。

 身体が熱くなっていく。鼓動はさらに求める。

 欲しい、もっと欲しい。

 絡まる舌と舌。甘い、甘い……。

 そのまま、噛み切ってしまいたい。北崎の舌、もっと欲しい。

 ……僕は今、何を考えたのだろうか。

 自分が怖くなり唇を離す。

 イタズラっぽい笑みを浮かべる北崎から目を逸らし、頭の中が灰のようになってしまった。気がつくと観覧車が下についていたので、抜け殻のまま夜の闇へと降りる。

 生温い風がそっと吹き、まるで自分だけが廃園にいるような気分だ。

 観覧車の中のことを、遠い記憶のように思い出す。

 僕達は別に付き合っているわけではない。それなのにあんなことをしてしまった。上の空で、自分がしたことから逃げるように言う。

「もう、遅いし帰ろうか」

「うん。そうしよっか」

 出口に向かって歩く僕、おそらくその後ろを北崎は歩いている。

 観覧車以外のアトラクションは先に終わってしまうようで、電気が消えていた。メリーゴーランドも動いていない。

 真っ黒に塗りつぶされた思考が溢れ出す。

 北崎が蝶になって行きたい場所を、今日は探しに来た。それなのに、なんてことをしてしまったのだろうか。キスだけではない。空っぽな自分を満たすために、北崎を利用していただけだ。

 自分がここまで最低な人間だと知ってしまった。

 グルグルグ、チャグチャ。不協和音を立て、思考は回り続ける。下へ下へ、気持ちは堕ちていく。

 気がついた時には、帰りの客で賑やかなことになっているバス停着いていた。

「先に乗りな。僕は次のバスに乗るよ」

 もう、自分なんかが北崎と一緒にいる資格はない。自分を満たすことしか考えていないような人間なので、いつか羽化の邪魔をしてしまうだろう。僕なんて消えた方が良いのだ。

 後ろにいた北崎が、ゆっくり僕の前に来た。顔には明らかに疲れが出ている。

「わかった。またね」

 彼女は一人で夜のバス停に並んだ。列の一人として、しっかりと溶け込んでいく。

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