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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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82/84

82.織を想い続けた男の、第二の人生

退院した裕介は、しばらくのあいだ会社に戻った。


デスクワーク。

会議。

上司の指示。

数字の報告。

終わりのないメール。


どれも、かつての戦場のような緊張も、仲間の温度もなかった。


(……俺は、何をしているんだ)


昼休み、窓の外を眺めながら、裕介はふと思った。


――あの世界では、命を懸けて戦っていた。

――織がいた。

――仲間がいた。

――守るべきものがあった。


だが今は、ただ時間が過ぎていくだけだった。


「……辞めよう」


その言葉は、驚くほど自然に口から出た。


翌週、裕介は会社を辞めた。


----


仕事を辞めたあと、裕介はしばらく街を歩き続けた。


人々の表情。

働く姿。

疲れた顔。

事故寸前の危険な現場。

誰も気づかない小さな“ほころび”。


(……守るべきものは、ここにもある)


そう思った瞬間、胸の奥に小さな灯がともった。


裕介は決めた。


**Aegis Fieldイージス・フィールド**

――人を守るための会社。


理念はひとつ。


**「人を守る技術を、すべての現場へ」**


戦場で学んだこと。

時間を止める力。

誰よりも早く危険に気づく目。

それらすべてを、現代の人々のために使う。


裕介は動き始めた。


----


最初の仕事は、物流倉庫の事故多発現場だった。


フォークリフトの接触事故。

落下物。

作業員の疲労。

動線の混乱。


現場に立った裕介は、胸の奥がざわつくのを感じた。


(……戦場と同じだ)


人が死ぬ。

人が傷つく。

それを防ぐために、誰かが前に立たなければならない。


裕介は、誰にも気づかれないように時間を止めた。


静止した世界の中で、

落ちかけた荷物、

ぶつかりかけたフォークリフト、

疲れ切った作業員の足取り、

すべてが“危険の形”として見えた。


(ここを変えればいい)


時間を動かし、裕介は改善案をまとめた。


動線の再設計。

荷物の配置換え。

作業手順の見直し。

休憩の導入。

危険箇所のマーキング。


「……どうして、こんな短時間でここまで……?」


依頼主は驚いた。


だが、結果はすぐに出た。


**事故ゼロ。

作業効率20%向上。

現場の雰囲気が明るくなる。**


口コミは一気に広がり、

イージス・フィールドは急成長を始めた。


----


裕介は、忙しくなればなるほど、ふとした瞬間に織のことを思い出した。


夜、ひとりでオフィスに残っているとき。

成功した案件の報告を受けたとき。

社員たちが笑い合っているのを見たとき。


(……織)


あの世界で、

あの戦場で、

自分を支えてくれた人。


もう会えない。

もう触れられない。

もう声も聞けない。


裕介は、胸の奥にぽっかりと空いた穴を、

仕事で埋めようとした。


成功しても、

金を稼いでも、

豪華なオフィスを構えても、

高級車に乗っても、

心は満たされなかった。


(……俺は、何を求めているんだ)


答えは分かっていた。


織だ。

あの世界だ。

あの仲間たちだ。


だが、戻ることはできない。


裕介は、生涯独身だった。

誰かと付き合うことも、

家庭を持つこともなかった。


ただ、

人を守るために働き、

仲間を育て、

会社を拡げ、

多くの人の命を救い、

静かに歳を重ねていった。


----


晩年、裕介は病室の窓から夕日を眺めていた。


「……織。俺は、ちゃんとやれたかな」


誰に聞かせるでもない独り言。


胸の奥の空白は、最後まで埋まらなかった。

だが、その空白を抱えたまま生きた人生は、

決して無駄ではなかった。


裕介は静かに目を閉じた。


裕介の人生は、静かに幕を閉じた。

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