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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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81/84

81.英雄、眠りにつく

洛陽に戻ってきた。

医官たちは首を振った。


「命に別状はありません。ただ……目を覚まさないのです」


曹叡は歯を食いしばった。


紅陽は廠の枕元に座り、静かに言った。

「陛下…」


張凱は周囲を見渡し、低く呟いた。

「今、陛下が倒れたと知れたら……国が揺れる」


その言葉に、織が前へ出た。


「陛下の状態は、一旦内密にしましょう。“療養中”とだけ伝えます。

漢が、人類が勝利したという事実だけを、まずは広めるべきです」


曹叡は黙って頷いた。

戦いは終わったが、国はまだ脆い。


織は続けた。

「呉の生き残りは帰順の意を示しています…皆でこの国を復興しなければなりません」


曹叡は廠の手を握り、静かに言った。

「劉禅。お前が守った国だ。お前が戻るまで、必ず守り抜く」


廠の胸は規則正しく上下している。

だが、その意識は深い闇の中へ沈んだままだった。


----


廠は、洛陽の宮殿の寝台へと移された。

織はその傍らに座り、廠の手をそっと握っていた。


――温かい。


確かに、生きている。


かすみと紅陽も、静かに見守っていた。


「陛下は……生きておられます」

紅陽が低く言う。


かすみは涙をこらえながら、織に向き直った。

「皇后様……」


織は廠の手を包み込み、ゆっくりと頷いた。

「いつか、目覚める日まで……待ちましょう」


かすみも、強く頷いた。

「はい」


----


織は、廠の寝台のそばからしばらくは、動かなかった。


廠の手は温かい。

確かに生きている。


だが、目を覚ます気配はない。


(……この国を、今は私が守らねばならない)


織は静かに息を整えた。


皇后として、指示を文官たちへ出す。


「陛下の容体は、当面のあいだ内密とします。

“療養中”とだけ伝えよ。国を揺らすわけにはいきません」


文官たちは深く頷いた。


織は続ける。


「河北四州の統治は、曹叡殿に任せます。

涼州は馬岱殿、雍州は魏延殿。

荊州は関優殿に。

益州は蔣琬殿に引き続き任せましょう。

揚州は…呉の生き残りの武将たちに、そのまま治めさせます。そういう勅命を発令します」



宮殿の外では、戦の終わりを告げる鐘が鳴っていた。

だが、織の胸の中には、まだ終わらぬ緊張が残っていた。


----


夜の洛陽は、驚くほど静かだった。


廟の灯火だけが、宮殿の回廊を淡く照らしている。

織はひとり、廠の寝台のそばに座っていた。


廠の手は、まだ温かい。


「…前にもこんなこと、無かった?」


織は小さく笑った。

声に出さなければ、胸が押しつぶされそうだった。


「誰より前に立って、誰より傷ついて…そして、誰にも心配をかけまいとする」


廠の胸は規則正しく上下している。

だが、その瞳は閉じたままだ。


織はそっと廠の手を握り直した。


廠の指が、わずかに動いた気がした。

だが、それは風の揺らぎかもしれない。


「廠…あなたが築いた“人類の国”を、私は守ります。あなたが戻るその日まで」


織は目を閉じ、深く息を吸った。

「……本当は、怖いよ…」


初めて口にした弱さだった。


「あなたが目を覚まさなかったら…私は、どうすればいいの?ねえ」


返事はない。

廠は静かに眠り続けている。

織は涙を拭い、もう一度廠の手を握った。


「だから…必ず戻ってきて。あなたがいない国など、私は望みません」


外では、夜風が庭の木々を揺らしていた。


その音だけが、織の独白を聞いていた。

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