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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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77.漢魏合流――渭水(いすい)に集いし人類最後の盾

許都の城壁が揺れるほどの咆哮が響く中、

一騎の伝令が血と埃にまみれながら曹叡のもとへ駆け込んだ。


「曹叡皇帝へ伝令――!」


曹叡は振り返り、剣を払って血を落とす。


「申せ」


伝令は馬から転げ落ちるように膝をつき、声を張り上げた。


「魏の曹叡皇帝へ伝令!

“無理をするな。

全軍と、可能な限りの民を連れて、洛陽付近まで後退せよ。

これは漢や魏の争いではない。

人の存亡の戦だ”――とのことです!」


郭淮と毌丘倹が息を呑む。

曹叡はしばし黙し、戦場の向こう――黒い波のように押し寄せる異形の群れを見つめた。


「郭淮、毌丘倹。許都は……もう守れぬ。ここで死ねば、魏も漢も、すべて終わる」


二人は深く頭を垂れた。

「陛下のご決断に従います」


曹叡は高く剣を掲げ、魏軍全体に響く声で叫んだ。


「全軍、撤退!民を守りつつ、洛陽へ向かう!ここから先は、人の戦だ!」


その瞬間、魏軍は一斉に動き出した。

許都の城門が開かれ、民が押し寄せ、兵がそれを守りながら後退していく。

曹叡は最後尾に立ち、迫り来る異形を睨みつけた。


「必ず、打ち破って見せる」


許都の空に、炎と咆哮が渦巻いた。


----


渭水沿いに築かれた長大な防衛線の向こうから、魏の旗がゆっくりと近づいてきた。

民を守りながらの長い撤退。

疲れ切った兵たちの列の先頭に、曹叡が馬を進めていた。


廠は洛陽城門前で待ち受けていた。その背後には、漢軍の将たちが整列している。


曹叡は馬を降り、廠の前に歩み寄る。


「劉禅。我らは、ようやく同じ敵を見ているようだな」


廠は静かに頷いた。


「曹叡。漢も魏もない。今は、人として肩を並べる時だ」


二人の視線が交わった瞬間、周囲の兵たちの間に、わずかながら希望のざわめきが広がった。


「ここが、人類最後の砦となる」


曹叡は深く息を吐き、廠の手を取った。


「共に戦おう。人の未来のために」


----


その日の夕刻、襄陽から紅陽が戻った。

鎧は血に染まり、疲労が滲んでいる。


軍議の間に入ると、廠と曹叡、そして漢魏の将たちが揃っていた。

紅陽は深く頭を下げ、報告を始める。


「…建業は、すでに地図から消えました。呉軍は壊滅。孫権殿は……異形の手に」


室内がざわめく。

紅陽は続けた。


「斬っても斬っても立ち上がる。肉を喰らい、血を吸い、倒れた仲間すら喰らう。

あれは…兵ではありません。“災厄”そのものです」


曹叡が静かに頷く。


「許都でも同じだ。あれは戦ではない。人が喰われるだけの地獄だ」


廠は地図を広げ、渭水の線を指でなぞった。


「ここで止める。ここを越えられれば、長安も洛陽も落ちる。人類は終わる」


紅陽は拳を握りしめた。


「必ず……ここで食い止めます」


----


翌日、渭水沿いには無数の旗が立ち並んだ。


漢軍:姜維、魏延、馬岱、紅陽

魏軍:郭淮、毌丘倹、張郃の旧部隊

南中軍:孟獲、祝融

蜀の中枢:蔣琬が後方支援を統括

朧の一族:影のように防衛線を巡回


総勢でおよそ百万。


渭水の北岸には、避難してきた民が身を寄せ合い、南岸には、異形の影が遠くに蠢いている。


廠は高台に立ち、全軍を見渡した。


「ここが、人の最後の壁だ。ここを越えさせるな。漢も魏も南中もない。我らは人類だ」


曹叡が隣に立ち、剣を掲げる。


「全軍、構えよ!異形の群れが来るぞ!」


遠く、地鳴りのような咆哮が響いた。

渭水防衛線に、人類のすべてが集結した。


----


渭水沿いの戦いは、日が暮れても終わらなかった。

異形の群れは、倒しても倒しても前へ進み、兵たちの疲労は限界に近づいていた。


その夜、廠と曹叡は同じ幕舎で、地図を挟んで静かに向き合った。


廠が口を開く。

「…見たな、曹叡。あの動き。あの統率。あれはただの群れではない」


曹叡は頷き、杯を置いた。

「うむ。どこかに“核”がいる。群れを導く存在…あれが姿を見せぬ限り、いくら倒しても終わらぬ」


廠は地図の南方―呉が消えた方向を指でなぞる。

「建業を落とし、許都を喰らい、今は渭水へ向かっている。動きに迷いがない。まるで……何かを探しているようだ」


曹叡は目を細めた。

「だが、いつ出てくるかは分からぬ。我らがどれほど兵を並べようと、中核が姿を現さぬ限り、目の前の群れを斬り続けるしかない」


廠は深く息を吐いた。

「人間同士の戦と違うのは…奴らはひるまぬ。恐れも、疲れも、痛みもない。ただ喰らうために向かってくる」


曹叡は静かに杯を傾け、その瞳に決意の光を宿した。

「ならば、我らも迷わぬ。中核が姿を現すその時まで、この渭水で踏みとどまる」


廠は頷き、剣を手に取った。

「ここが、人の最後の壁だ。倒れても、立ち上がる。人間の意地を、奴らに見せてやる」


幕舎の外では、夜の闇の向こうから、異形の咆哮が響いていた。

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