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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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68.ふたりの鼓動 ― 凱旋の夜、長安への誓い

戦が終わり、成都の空にようやく静けさが戻った。

廠は戦後の処理を終えると、まず最初に李厳の名を呼んだ。


「…李厳。あなたの死を、決して無駄にはしない」


李厳の遺骸は、南の原野から南中兵によって丁重に運ばれてきていた。

その身体は傷だらけで、老兵たちと共に最後まで戦い抜いた証が刻まれていた。

廠は膝をつき、静かにその亡骸に手を添えた。


「罪を背負い、蜀のために立ち、最後まで戦い抜いた…」

周囲には、孟獲、紅陽、馬超、孔明、そして成都の民が集まっていた。

誰もが沈黙し、李厳の最期の戦いを思い返していた。


廠は立ち上がり、文官たちに命じた。

「李厳の名誉を、ここに回復する。彼は蜀を守った英雄だ。その名を辱めてはならぬ」


蔣琬は涙を拭いながら深く頷いた。

「…はい。李厳殿の罪は、すべて取り消されました。その忠義は、後世に伝えましょう」


廠は李厳が最後に陣を敷いた原野を見つめた。

「ここに墓を建てる。李厳が命を賭して守った、この成都を見渡せる場所に」


孟獲が力強く言った。

「南中の者たちも手伝おう。李厳殿は、我らのためにも戦ってくれたのだ」

馬超も頷いた。


こうして、李厳の墓は南門の丘に築かれた。

墓碑には廠の手で、ただ一行だけ刻まれた。


「蜀を守りし者 李厳之墓」


その言葉は飾り気がなく、しかし誰よりも深い敬意に満ちていた。

成都の風が、静かにその墓を撫でていた。


----


成都が守られたという報せは、遠く荊州にいる関優のもとにも届いた。

伝令が駆け込み、深く頭を下げる。

「報告!成都、包囲を突破!呉軍と海賊は敗走いたしました!」


関優はしばらく言葉を失い、やがて大きく息を吐いた。

「…そうか。よく…よく持ちこたえてくれた…」

荊州を守るために援軍を出せなかった自責が、胸の奥でようやくほどけていく。

「みな、無事でいてくれたか…」

関優は天を仰ぎ、静かに目を閉じた。


一方、漢中では――

織はすでに朧から報告を受けていた。


「成都、守りきったそうです。陛下も紅陽様も、ご無事とのこと」

朧の言葉に、織は胸に手を当て、その場に崩れ落ちそうになるほどの安堵を覚えた。

「…よかった…」

かすみも傍で頷いていた。

「一時はどうなることかと思いましたが」

「ええ」

漢中に吹く風は、やはり優しかった。

織はそう思っていた。


----


漢中の廠の寝台。

窓から差し込む月光が、重なり合う二人の影を優しく照らしていた。

成都での激闘を物語る廠の身体には、まだ微かに硝煙と血の匂いが染み付いているかのようだった。

しかし、織を抱き寄せるその腕の力強さは、彼が確かに生きて帰ってきた証だった。


「…織…ちゃんと帰ってきたよ」


廠は、その細い肩を抱き寄せ、耳元で低く、しかし熱を帯びた声で囁いた。

織はその胸に顔を埋め、彼が生きている温もりを確かめるように、強く、強くその背に手を回す。


「当たり前でしょ…廠…」

織の瞳が潤み、熱い溜息が廠の肌を撫でる。

そんな彼女を見つめる廠の瞳に、ふと、戦場で見せる峻厳な色が混じった。


「…次は、そろそろ洛陽だな」

廠は、彼女の髪を指で掬い上げながら、静かに、だが揺るぎない決意を口にした。


「織。私はこのまま、長安を落とす」

その宣言は、熱を帯びた空気の中に鋭く響いた。

織は、荒くなる呼吸を整えようとあえぎながらも、その言葉に宿る重圧と希望を同時に受け止める。


「……長安を。ついにですか……」


その言葉は、驚きよりも、どこか覚悟していた者の響きを持っていた。

中原を制し、漢王朝の悲願を成し遂げるための最初にして最大の関門。

「織に言われた通り、洛陽を奪るために」


廠はそう言うと、織の深く口付けを落とした。

彼女の吐息が熱を増し、決意と情愛が溶け合う。

廠は、あえぎながら自分を見つめる織の瞳をじっと射抜き、その最奥へと自らの生の証を解き放つ。


「――っ、織…!」


廠の身体が強張ると同時に、熱い奔流が彼女の胎内を満たしていく。

織は、自分の中に注ぎ込まれる重みと熱。

そして廠が背負う「命」のすべてを受け止めるように、彼の背中に指を食い込ませ、大きく背を逸らせた。


「あ…廠…っ」


繋がった部分から伝わる脈打つ鼓動が、静まり返った部屋に響き渡る。

いま間違いなく「生きている」ことを証明する、最も深い交わりだった。


しばらくの間、二人は荒い呼吸を重ねたまま、その余韻の中にいた。

廠はゆっくりと力を抜くと、汗ばんだ織の額に優しく唇を寄せる。


「織…ちゃんと行って、ちゃんと帰ってくるよ」

「…廠」

織は潤んだ瞳で彼を見上げ、胎内に残る熱い余韻を噛みしめながら、静かに、しかし力強く頷いた。

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