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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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64.成都陥落の危機!呉軍の奇襲に、伝説の軍師が静かに筆を置く

南中の密林を抜ける風は、いつもより湿り気を帯びていた。

孟獲は丘の上から川沿いの村を見下ろし、眉をひそめた。


「……妙だ」


遠く、黒い影が川面を覆っていた。

最初はただの海賊船かと思った。


「隊列が乱れぬ……?」


孟獲の側近が叫ぶ。

「孟獲様!海賊が上陸を開始しております!」


孟獲は目を細めた。

「海賊が、あの統率で動くものか。まるで軍だ」

その言葉を裏付けるように、黒い帆を掲げた船団から次々と兵が降り立つ。


海賊の粗野な叫び声に混じって、明らかに訓練された兵の掛け声が響いた。

「……呉兵だ」

孟獲は確信した。

「荊州を奪われた呉が、南中を揺らしに来たのだ」


その瞬間、村の方角から火柱が上がった。

「孟獲様!南中の砦が突破されました!」

「早すぎる……!」


孟獲は歯を食いしばった。

「海賊の皮を被った呉の精鋭…南中の攻める理由は…成都か」


側近が問う。

「どうされますか!」


孟獲は迷わなかった。

「全軍、退く!南中の民を守りながら北へ!成都へ向かう」


----


孟獲の軍勢は、南中の民を守りながら北へ北へと退いた。

背後では、海賊と呉兵の混成軍が執拗に追撃してくる。


「孟獲様!追撃が止まりません!」

「構うな!成都まで持ちこたえるしかない」


孟獲は叫び返しながら、 南中の山道を抜け、成都へ続く街道へと駆け上がった。


----


成都の城門が見えた頃、 孟獲の軍は疲労困憊だった。


城門の上から見張りの兵が叫ぶ。

「あれは…孟獲殿が戻られたぞ!南中の軍だ!」


城門が開き、孟獲は馬を降りると同時に膝をついた。

「成都の者たちよ…! 南中は呉の策により、海賊と偽った軍勢に襲われた」


城内は一気にざわめきに包まれた。


----


政庁では、蔣琬が蒼白な顔で報告を受けていた。


「南中に、呉軍が海賊を率いて、攻め込んできました」

「して、孟獲殿は?」

「成都城内に入り、籠城戦の準備をしております」

蔣琬は、すぐに漢中の劉禅へと伝令を出した。

そして、荊州の関優軍へも。


----


政庁を出た蔣琬は、急ぎ足で城壁へ向かった。

南門の広場では、孟獲が南中兵と民を指揮し、荷車の整理や防壁の補強を行っていた。


「孟獲殿!」

呼びかけると、孟獲は振り返る。

「蔣琬殿」


蔣琬は息を整えながら言った。

「孟獲殿、援軍が来るまで、ここでひたすら籠城する他に道はないと思います」


孟獲は短くうなずいた。

「南中の者は、すでに城内に避難させた。兵も、戦える者は全て配置につける。呉の奇襲は想像以上に速い。長期戦になる覚悟はできている」


蔣琬はその言葉に、わずかに安堵の色を浮かべた。


----


南門の広場を後にした蔣琬は、胸の奥に重く沈む焦燥を抱えたまま、ある場所へ向かった。


かつて蜀の命運を背負った男が、今は静かに暮らす家。

蔣琬は門前で立ち止まり、深く息を吸った。


(……この方に頼るしかない)


拳を握りしめ、戸を叩く。


「――どなたか」

中から、落ち着いた声が返った。


「蔣琬か。入りなさい」

蔣琬が戸を開けると、諸葛亮は机に向かい、筆を置いたところだった。

白髪は増え、背は少し丸くなった。

だが、その眼光はなお鋭く、かつての丞相の気配を失ってはいなかった。


「南中の報せは聞いた」


孔明は静かに言った。

蔣琬は深く頭を下げる。

「丞相…成都は、いま危機に瀕しております。南中は破られ、孟獲殿は民を守りながら退いてきました。呉軍は海賊を率い、すでに南門へ迫っております」


孔明は目を閉じ、しばし沈黙した。

蔣琬は続ける。

「成都には、軍を率いて戦える者が…おりません。援軍が到着するまで、誰かが城をまとめねばなりません。しかし、私では……」


声が震えた。

「……丞相。どうか、どうかお力をお貸しください」


孔明はゆっくりと立ち上がった。

老いた身でありながら、その動きには迷いがなかった。


「私はすでに政から退いた身だ。だが」


外から、城壁で鳴り響く号令が聞こえる。

孟獲の怒号、南中兵の足音、民の避難のざわめき。

成都全体が、戦の気配に震えていた。

孔明はその音に耳を澄ませ、静かに言った。


「成都が滅ぶのを、ただ見ているわけにはいかぬな」


蔣琬の目に涙が滲んだ。


「丞相……!」


孔明は微笑を浮かべた。


「行こう、蔣琬。まだ、私にできることがある」


そして、諸葛亮は静かに歩き出した。

老いた丞相が再び立ち上がる。

その瞬間、成都の空気がわずかに震えた。

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