63.荊州の曙光:愛しき人への帰還と、再会の義兄弟
江陵南原の戦が終わり、炎の名残がまだ空を赤く染めていた。
降伏した呉軍の兵たちは武器を置き、蜀軍の兵たちは静かに勝利の息を吐いていた。
関優は青龍偃月刀を背に収め、ゆっくりと馬を進めて廠のもとへ向かった。
華容道の炎を背に、廠は静かに立っていた。
その横には紅仁が控え、近衛兵たちが周囲を固めている。
関優が馬を降り、深く膝をついた。
「陛下。正面、討ち取りました。陸遜、討死にございます」
廠はしばし関優を見つめ、やがて静かに頷いた。
「よくやった、関優。父上の仇を、これで討った」
関優は唇を噛みしめ、深く頭を垂れた。
紅陽が歩み寄り、廠に報告する。
「呉軍は全軍降伏。江陵周辺の城も、すでに白旗を掲げております」
廠は空を見上げた。
戦の煙が薄れ、朝日が差し込み始めていた。
「…荊州は、再び我らの手に戻った」
その声には、勝利の喜びよりも、これから背負う責任の重さが滲んでいた。
廠はゆっくりと関優の肩に手を置いた。
「関優」
「はっ」
「お前を、荊州牧に任ずる」
関優の目が大きく見開かれた。
「わ、私が……荊州を……?」
廠は力強く頷いた。
「荊州はそなたの父上、関羽が守り抜いた地だ。その血を継ぐお前が治めるのが、最も自然だ。なにより、最も民が望む形でもある」
紅陽も静かに言葉を添える。
「関優殿。あなたが前に立つことで、荊州の民は再び安心を取り戻すでしょう」
関優は拳を握りしめ、震える声で言った。
「陛下、この身に余る大任、必ずや、父の名に恥じぬよう務めてみせます」
廠は満足げに微笑んだ。
「それでいい。荊州は戦で奪うものではない。治め、守り、育てるものだ。お前ならできる」
関優は深く頭を垂れた。
「─御意」
その瞬間、荊州の新たな歴史が静かに動き始めた。
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漢中を包む夜風は、戦地の砂塵を含んだ風とは違い、どこまでも清らかで冷たかった。
漢中に戻った廠は、織の柔らかな身体を強く抱きしめていた。
彼女の鼓動が速く打っているのが伝わってくる。
織は廠の背に細い腕を回し、その胸に顔を埋めた。
「おかえり…陛下…いえ、廠。毎日、ただそれだけを祈っておりました」
織の髪から漂う香油の匂いが、廠の荒んだ心をゆっくりと解かしていく。
彼は彼女の肩に額を預け、ようやく長い戦いが終わったことを実感した。
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一方、その部屋から続く回廊の影。
紅陽もまた、かすみを、人目を避けるようにして強く抱き寄せた。
かすみは紅陽の逞しい腕の中で、声を押し殺して震えていた。
「紅陽様…お怪我は、お怪我はありませんか」
「ああ」
紅陽はかすみの耳元で囁き、彼女の頬を濡らす涙を指先でそっと拭った。
離宮の窓からは、戦火の名残を感じさせない静かな月が昇っていた。
多くの血が流れ、多くの命が散った。
しかし、こうして帰る場所があり、待つ者がいる。
その事実こそが、今、彼らが再び剣を取るための唯一の救いとなっていた。
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関優が荊州牧に任じられてから、まだ一月も経っていない。
だが、荊州は驚くほど静かで、驚くほど早く秩序を取り戻していた。
城門には蜀の旗が掲げられ、市場には再び人が集まり、農民たちは畑に戻り、商人たちは街道を行き交い始めた。
「関優殿、治安維持のための巡察隊、すでに各郡へ配置完了しました」
「江陵の税収も、戦前の水準に戻りつつあります」
「民の評判も上々です。『関羽将軍の息子なら安心だ』と」
報告を受ける関優は、父の名を出されるたびに胸が熱くなる。
「父上の名に頼りすぎてはならぬ。だが、民が安心するなら、それもまた力だ」
その言葉に、家臣たちは深く頭を下げた。
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その日の午後、江陵の城門に一人の男が現れた。
「張凱殿が戻られたぞ!」
兵の声に、関優は思わず立ち上がった。
「張凱─!」
城門へ駆け寄ると、張凱は馬から軽やかに降り、いつもの飄々とした笑みを浮かべた。
「おう、兄者。荊州牧になったって聞いてよ、漢中の留守番なんかしてられねぇと思ってな」
関優は思わず笑った。
「もっと早く来いよ」
張凱は肩をすくめた。
「陛下が漢中に戻られたからな。関優のところ行ってこいって言われてよ。ようやく自由の身だ」
関優は張凱の肩を掴み、兄弟としての力強い抱擁を交わした。
「戻ってきてくれて、本当に助かる。お前がいれば百人力だ」
張凱はにやりと笑った。
「百人どころか千人力だぞ。荊州は任せとけ。お前が変な方向に突っ走らねぇよう、俺が横で見張っててやる」
「誰が突っ走るか!」
二人の笑い声が、江陵の城門に響いた。
その様子を見ていた兵たちは、「これで荊州は安泰だ」と安堵の息を漏らした。
荊州の統治は、関優の誠実さと張凱の豪胆さが合わさり、ますます盤石になっていった。




