61.麦城奪還! 伏兵一閃、呉軍を挟み撃ちにしてやった
翌朝。
麦城の城壁の上に立つ呉軍の兵たちは、信じられない光景を目にした。
「し、蜀軍が……退いていくぞ!」
「包囲を解いた! 退却だ!」
「勝った! 我らが勝ったぞ!」
歓声が城内に渦巻いた。
関羽の影に怯え続けていた兵たちは、まるで呪縛が解けたかのように沸き立つ。
「追え! 追撃だ!」
「この機を逃すな!」
「関羽の息子など恐るるに足らず!」
守将・潘璋は、勢いに押されるように叫んだ。
「全軍、追撃に出る!
蜀軍を新城まで追い散らせ!」
城門が開き、麦城の呉軍が雪崩のように飛び出した。
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一方、退却する蜀軍本隊。
廠は馬上で振り返り、遠くに舞い上がる土煙を見て薄く笑った。
「来たな。 やっぱり勝てると思えば飛び出してくる」
紅陽が並走しながら問う。
「廠様、追撃は予想以上に早いです」
「いい。予定通りだ。 俺たちは囮。新城まで一直線に退く」
廠の声は落ち着いていた。
その背中には、皇帝としての威厳ではなく、策を読む者の静かな自信があった。
そして、廠の本隊が新城へ向けて退く中、 関優はすでに森の奥深くに伏していた。
紅陽が最後に言った言葉が耳に残る。
「関優様。 あなたが動くのは、呉軍が追い越した瞬間です。その時こそ」
関優は青龍偃月刀の柄に手を置き、深く息を吸った。
「…父上。俺は、あなたの影では終わらない。ここで、俺自身の戦いを始める」
森の中に、十万の兵の息遣いが潜む。
葉擦れの音すら止まったような静寂。
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麦城から飛び出した呉軍は、勢いそのままに廠の本隊を追い続けた。
「蜀軍は逃げ腰だ!」
「このまま押し潰せ!」
「関羽の息子など、ただの張り子の虎よ!」
その叫びが最高潮に達した瞬間、呉軍の前方で廠の軍が急に姿を消した。
「……あれ? 蜀軍が……いない?」
「どこへ……?」
その刹那。
森の左右から、地鳴りのような咆哮が響いた。
「今だ、関優!」
紅陽の声が森を裂いた。
次の瞬間、関優が青龍偃月刀を掲げて飛び出す。
「突撃!!」
伏兵の大軍が一斉に森から溢れ出し、呉軍の側面に襲いかかった。
「な、なんだ!?」
「伏兵だ! 罠だ!」
「退け! 退けぇっ!」
だが、退く先には廠の本隊が再び姿を現していた。
廠が静かに手を振り下ろす。
蜀軍が前後から呉軍を包み込む。
逃げ場はない。
紅陽が方天戟を構えた。
関優は青龍偃月刀を振りかざし、前へ躍り出た。
「我が名は、関優。ここで、お前たちを討つ!!」
青い刃が朝日を受けて閃き、十万の軍勢が一斉に吠えた。
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戦は長くは続かなかった。
呉軍は勢いだけで飛び出したため隊列が乱れ、伏兵と挟撃の前に次々と崩れていく。
「退け! 退けぇっ!」
「む、無理だ! 囲まれている!」
「潘璋殿はどこだ!?」
叫びは悲鳴に変わり、やがて麦城の呉軍はほぼ壊滅した。
関優は血に濡れた刀を下ろし、息を整えた。
紅陽が静かに言う。
「見事でした、関優様。これは、あなた自身の勝利です」
麦城の戦いは、こうして終わった。
だが、陸遜はまだ江陵にいる。
この勝利は、戦の始まりにすぎなかった。
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江陵の陣営。
夕刻の光が薄く差し込む軍議の間に、慌ただしい足音が響いた。
「報告。麦城守軍壊滅」
その言葉に、側近たちは一斉に顔色を変えた。
だが、陸遜だけは微動だにしなかった。
「そうか」
伝令は震える声で続ける。
「蜀軍は退却したように見せかけ、伏兵で挟撃。潘璋殿以下、多くの兵が討たれ…麦城は…」
陸遜はゆっくりと目を閉じた。
その表情は怒りでも焦りでもない。
ただ、深い静寂の底に沈んだ“悔しさ”があった。
「……してやられたな」
その一言に、側近たちは息を呑む。
「陸遜将軍、どうかご指示を」
陸遜は立ち上がり、地図の上に手を置いた。
麦城から新城へ向かう道筋。
その先に広がる江陵南方の原野。
「蜀軍は新城へ退いた。ならば、次に狙うのは江陵だ」
「江陵を守るのですか?」
陸遜は首を横に振った。
「守るのではない。迎え撃つ。正面からだ。」
その声音は、これまでの静けさとは違う。
名将としての矜持が、鋭く立ち上がっていた。
「全軍に通達せよ。江陵南方の原野に陣を展開する。布陣は正面決戦の陣形だ」
側近たちは驚いた。
「正面から、敵は十万……!」
「十万だろうと、寄せ集めは寄せ集めだ。勢いはあるが、統率は甘い」
陸遜は麦城の方向を見つめた。
「関羽の息子は、まだ“勝ち方”を知らぬ。勝利の後ほど、軍は緩むものだ」
その言葉には、経験からくる確信があった。
「江陵の南原は広い。伏兵も、火攻めも使えぬ。純粋な兵力と指揮で決まる戦場だ」
陸遜は静かに続けた。
「……ここで、関羽の影を断つ」
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江陵南方の原野。
夕陽に照らされながら、呉軍が整然と陣を敷いていく。
- 中央に精鋭の歩兵
- 左右に騎兵
- 後方に弓兵と火矢隊
- そして、陸遜の本陣は高台に置かれた
その布陣は、まるで巨大な刃を研ぎ澄ませたような緊張感を放っていた。
側近が問う。
「陸遜殿……本当に、火攻めは?」
「使わぬ。関羽の息子は、火を恐れて退いた。ならば、火を使うと思わせておけばいい。実際には正面から叩き潰す」
陸遜の目は、すでに戦場の先を見据えていた。
「…関羽の影に怯える時代は、今日で終わらせる」
風が吹き抜け、呉軍の旗が大きくはためいた。




