59.青龍偃月刀:受け継がれし軍神の重み
廠率いる荊州制圧軍が荊州へ入ったのは、まだ朝靄が残る時間だった。
街道沿いの村々は、かつて関羽が駐屯し、民を守った土地だ。
そのため、関優の軍が「関」の旗を掲げて進むと、家々から人々が顔を出し始めた。
最初にざわめきが起きたのは、関優が馬を進めたときだった。
「……あれは……」
「まさか…関羽様…?」
年老いた男が震える声で呟いた。
その隣で、若い女が口元を押さえる。
「違う……でも……似ている…」
関優は戸惑いながら馬を止めた。
紅陽が小声で言う。
「…関羽将軍のゆかりの者たちでしょう。この地では、関羽様は今も“生きている”のです」
人々は恐る恐る近づき、関優を見上げた。
「あなた様は…」
関優は馬から降り、静かに頭を下げた。
「関羽の息子、関優だ。父の名を覚えていてくれて、感謝する」
その瞬間、周囲の空気が震えた。
老人は涙をこぼし、膝をついた。
「やはり…やはり関将軍の血筋…! その立ち姿、その声…まるで関羽様が戻られたようだ……!」
別の男が続ける。
「関将軍が斬られたあの日…我らには…頼るべきお方がいなくなりました」
関優は言葉を失っていた。
廠がそっと肩に手を置く。
「…関優。お前がここに立つだけで、荊州の民は救われる。それが“関羽の息子”という重さだ」
関優は深く息を吸い、民へ向き直った。
「私は、父ほど人間が出来ていない。だから、そなたらを今すぐに導けはしない。…私は、呉を、父を討った呉軍を討つためにここにきた」
民衆の間に、静かな熱が広がった。
「関羽様の…仇ですと…」
廠はその声を聞きながら、紅陽に小さく呟いた。
「…荊州は、関羽の魂が残っている土地だな」
紅陽は頷く。
「ええ。だからこそ、関優殿の存在は、何よりの“旗”となるでしょう」
廠は前を見据えた。
「よし。荊州奪還─ここから始めるぞ」
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関優軍が荊州の奥へ進むにつれ、村々の人々は関優を見るたびにざわめき、涙を浮かべる者さえいた。
その中で、紅陽がふと足を止めた。
「……陛下。あの家に、妙な気配があります」
古びた茅葺きの家。
扉は半ば壊れ、庭には雑草が伸び放題。
だが、ただの廃屋ではない。
何かが“息を潜めている”ような空気があった。
廠が頷き、関優とともに家へ近づく。
扉を叩くと、中からゆっくりと足音がした。
現れたのは、白髪混じりの老人。
だが、その背筋は驚くほど真っ直ぐだった。
老人は関優を見るなり、息を呑んだ。
「…その顔…その眼…まさか……」
関優は軽く頭を下げた。
「関羽将軍の息子、関優だ。あなたは……?」
老人は震える手で関優の頬に触れそうになり、しかし途中で拳を握りしめた。
「……李景と申します。 かつて……関将軍の従者を務めておりました」
その言葉に、関優の目が大きく開いた。
「父の……従者……!」
李景は深く頷き、涙をこぼした。
「似ておられる…本当に…立ち姿も、声も、眼の奥の光も…まるで関羽様が戻られたようだ……」
廠も紅陽も、静かにその光景を見守っていた。
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李景は家の奥を指しながら、ゆっくり語り始めた。
「荊州の民は…ずっと関羽様を待っておりました。関羽様が呉軍に打ち破られた日、この地は泣き崩れました」
関優は言葉を失った。
胸の奥が熱く、痛いほどに締めつけられる。
李景は続けた。
「本当に…関羽様に…似ておられます」
関優は拳を握りしめた。
「…俺は父ではない。だが…父が守ろうとした荊州を、必ず取り戻す」
李景は静かに頷いた。
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李景は家の奥へ入り、しばらくして布に包まれた長い物を抱えて戻ってきた。
その布を解いた瞬間、空気が変わった。
青龍偃月刀─
かつて関羽が振るい、魏も呉も震え上がらせた名刀。
刃は鈍っていたが、威厳は失われていなかった。
関優は息を呑んだ。
「……これは……!」
李景は刀を両手で捧げ持ち、関優の前に跪いた。
「私は…矢で射貫かれた関羽様のそばに寄りました。そして、これをわしに預けて、逃げろと言いました。その後、戦場から逃げ延び、以来、この刀を…ずっと守ってきたのです」
関優の目に涙が滲んだ。
「俺に…」
李景は深く頭を下げた。
「どうか……受け取ってください。この刀は…あなた様のものです」
関優は震える手で刀を受け取った。
その瞬間、刀身がわずかに光を返し、関優の腕に重みが伝わる。
廠が静かに言った。
「…関優。似合っているな」
関優は刀を胸に抱き、深く頷いた。
「…父上。俺は…必ず仇を」
荊州の風が、まるで応えるように吹き抜けた。




