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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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55/84

55.『俺、天才じゃない?』――軍事の常識を壊す皇帝の奇策に、姜維と紅陽も思わず納得

「……落ちないよね、これ」

廠は馬上で腕を組み、長安の城壁を見上げながらぽつりと漏らした。

春の陽光を受けて白く輝くその壁。

紅陽は隣で静かに息を吐いた。


「……正攻法では、時間がかかりますね」


遠くでは魏延の怒号が響いていた。

南西の丘陵を押さえたものの、城壁に近づくたびに魏軍の弓兵が雨のように矢を放ち、魏延軍は前に出られずにいた。


北側では馬岱が冷静に指示を飛ばしている。


「退くな、盾を上げろ! 投石器を前へ――いや、まだだ、距離が足りん!」


包囲は完成している。

だが、長安の城壁は想像以上に堅固だった。

廠は顎に手を当て、しばらく黙って城壁を眺めていた。


「姜維」

「はい」

姜維が馬を寄せる。

その顔には焦りはないが、状況の厳しさを理解している目だった。


「城壁そのものは落ちる気配がない。魏延も馬岱も、攻めあぐねている」

姜維は頷いた。

「長安は、かつての秦の都。城壁は厚く、高く、堅牢です。正面からの攻城は、どうしても時間がかかります」


廠はため息をついた。

「……いや、分かってたけどさ。実物を見ると、思った以上にデカいな、これ」

紅陽が苦笑する。

「陛下、率直すぎます」

「だって本当にデカいんだよ。あれ、どうやって建てたんだよ……」

姜維は少し考え、地図を広げた。

「陛下。正面突破が難しいなら、別の手を考えるべきです」

「別の手か…」

廠は、地図を見ながら、とっさに思いついた。

「このまま迂回してさ、南陽あたりまで進んで、洛陽を直接攻めようぜ」

「…何ですと?」

「魏延と馬岱にはこのまま、長安を攻めてもらっている間に、俺と紅陽、姜維の騎馬隊で、一気に迂回してさ」


姜維は地図の洛陽と長安を結ぶ線を指でなぞりながら、低く呟いた。

「……南陽郡を経由して洛陽へ。魏の本拠を突けば、長安の守備は必ず揺らぎます。兵站線は伸びますが……」


廠が身を乗り出す。

「でも、長安より洛陽の方が落としやすいだろ?魏の連中も、まさか蜀が“首都”を狙うとは思ってない」


紅陽も地図を見て、静かに頷いた。

「奇策ではありますが、理には適っています。長安を攻め続ければ、魏は兵を集めざるを得ません。その隙に洛陽を突けば……」


姜維はついに決断したように顔を上げた。

「……陛下。この策、成功すれば魏の心臓を一撃で貫けます」


廠は満足げに笑った。

「だろ? 俺、天才じゃない?」


紅陽が小声で呟く。

「……思いつきにしては、妙に鋭いのが困りますね」


廠は地図をぱたんと閉じ、すぐさま近衛の伝令を呼びつけた。


「魏延と馬岱に伝えろ。一度、本陣に戻れってな。急ぎだ」


伝令は馬を返し、砂煙を上げて駆けていく。

紅陽が横目で廠を見る。

「陛下、もうお決めになったのですね」

「決めたよ。長安は“囮”にする。俺たちは――洛陽を獲る」

姜維は深く頷いた。

その目には、半年の膠着を破る光が宿っていた。


----


しばらくして、魏延と馬岱が本陣に戻ってきた。

魏延は相変わらず苛立ちを隠さず、馬岱は冷静に状況を見極めている。

「陛下、お呼びですか」

「長安の攻めはどうだ?」

廠の問いに、魏延は鼻を鳴らした。


「あの城壁、やはり堅牢です。何かの一押しでもあれば」

「その“一押し”を作るのが、今回の作戦だ」


廠は地図を広げ、洛陽までの迂回路を指で示した。

「魏延、お前を総大将に据える。馬岱は副将だ。二人で長安を攻め続けてくれ。派手に、盛大にな」

魏延は目を見開いた。

「……陛下、何かをなされるおつもりか」

「俺と紅陽、それに姜維の騎馬隊で、洛陽へ向かう」

馬岱が息を呑む。

「洛陽…魏の本拠を、直接……!」

姜維が静かに言葉を添える。

「長安を攻め続ければ、魏は兵を動かせません。我らの動きに気づいて、長安から兵を出せば、それこそ魏延将軍率いる蜀軍本隊で殲滅できます」


魏延はしばらく黙っていたが、やがて口角を上げた。


「つまり、私はここで暴れてればいいと、そういうことですかな」

廠が笑う。

「そういうこと。お前が派手にやればやるほど、洛陽は手薄になる」

馬岱も深く頷いた。

「陛下の策、承知しました。我らは長安を押さえ、魏を釘付けにいたします」


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