54.三傑集結:長安包囲網の完成
蜀軍が長安の西に駐屯地を気づいて、約半年が過ぎた。
長安の西に築かれた蜀軍の駐屯地は、冬の寒さを越え、春の気配を帯び始めていた。
半年という歳月は、兵たちの緊張を研ぎ澄まし、同時に疲労を深く沈殿させていたが、その朝だけは、空気が違った。
まだ陽が昇りきらぬ薄明の中、駐屯地の外から砂煙が上がる。
伝令の馬が、次々と姜維の本陣へ駆け込んでくる。
「雍州方面より魏延将軍、軍勢を率いて到着!」
「涼州より馬岱将軍、輜重を整えて合流!」
「北方の諸砦、すべて連絡完了! 包囲の準備、整いつつあります!」
幕舎の中で地図を広げていた姜維は、静かに筆を置いた。
その目は、半年間ずっと長安だけを見据えてきた鋭さを宿している。
「……ついに来たか」
幕舎の外では、兵たちが慌ただしく動き始めていた。
槍の束が運ばれ、弓弦が張り直され、馬のいななきが響く。
半年の沈黙が破られ、軍全体が一気に“戦の匂い”を取り戻していく。
幕舎の入口が勢いよく開いた。
「姜維、待たせた」
魏延が、冬の風を切り裂くような声で入ってくる。
鎧には長旅の砂がついていたが、その目は獣のように輝いていた。
「ついに、長安攻めか」
姜維は微かに笑った。
「魏延将軍。雍州の統治におかげで兵が予定よりも早く集まりました」
続いて馬岱が入ってくる。
魏延とは対照的に、軽妙な声だった。
「姜維殿、元気か」
「馬岱将軍、涼州からの兵糧供出ありがとうございます」
姜維はそう言って、地図の中央――長安の文字に手を置いた。
「半年の備え、すべてが今日のため。 陛下も、近衛を率いて間もなく到着される」
魏延が口角を上げる。
「また、陛下自らご出陣か」
幕舎の外で、太鼓が鳴り始めた。
低く、重く、腹の底に響く音。
姜維は立ち上がり、外の光を見つめた。
「――全軍に伝えよ」
伝令たちが一斉に姿勢を正す。
「これより、長安攻めを開始する」
その言葉は、半年間張り詰めていた空気を一気に震わせた。
兵たちの胸に火が灯り、武具が鳴り、馬が地を蹴る。
太鼓の響きが駐屯地全体に広がり始めた頃、西の道に新たな砂煙が立ち上った。
近衛兵の旗、深緑に金の龍が描かれたその旗が見えた瞬間、周囲の兵たちがざわめき、次々と姿勢を正す。
「陛下の御到着だ!」
声が駐屯地を駆け抜けた。
廠は馬上で軽く手綱を引き、ゆっくりと姜維の本陣へ進んでいく。
その隣には紅陽が控え、近衛兵たちが整然と列を成していた。
「やっと、馬にまともに乗れるようになった」
「陛下、さすがにあれだけ動いていれば上達します」
「そうだよな」
孔明を救いに、山に入り、関羽の息子たちを探しに駆け巡った。
「で、また、長安に来る、と。忙しいな、この時代の王様は」
「それは、陛下だからです」
半年の間、兵たちが待ち続けた“中心”が、ついに姿を現した。
幕舎の前に出ていた姜維、魏延、馬岱は、同時に膝をつく。
「陛下、長安攻めの準備、整っております」
廠は馬を降り、三人の前に立った。
「みんな、よくやった」
その声は大きくない。
だが、兵たちの胸に深く響いた。
魏延が笑う。
「陛下が来てくださるなら、もう怖いものはありません」
馬岱が続ける。
「兵糧も兵も揃いました。あとは陛下のご指示を」
姜維は静かに地図を広げた。
「陛下。長安は西門の守りが最も薄く、北の砦はすでに我らの掌中。包囲は完成しております」
廠は地図を覗き込み、指で三点を示した。
「魏延は南西の丘陵を押さえろ。あそこを取れば、長安の外郭は丸見えになる」
魏延は力強く頷く。
「お任せください」
「馬岱は北の砦を固め、退路を断て。魏軍が逃げれば、長安は長く持たん」
馬岱は即座に答える。
「承知しました」
そして廠は、地図の中央――長安の西門に指を置いた。
「姜維、お前は本隊を率いて西門を攻めよ。
俺と紅陽、それに近衛はお前の後詰だ」
姜維の目が鋭く光る。
「陛下自ら後詰に……心強い限りです」
廠は軽く笑った。
「こないだの戦は、司馬懿を引きずり出すために囮だったからな。今日はお前たちの戦だ」
紅陽が静かに言葉を添える。
「陛下は全軍の士気を支える役目。その存在だけで十分に勝機となりましょう」
廠は頷き、全軍に向けて声を張り上げた。
「半年の備えは、今日のためにある。長安を落とし、漢を取り戻すぞ」
その瞬間、駐屯地全体が揺れるほどの鬨の声が上がった。
「おおおおおおおおお――ッ!!」
槍が掲げられ、旗が翻り、馬がいななく。
長安の西に集った蜀軍は、ついに“攻める軍”へと姿を変えた。




