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三国志の端っこで生きています  作者: 水原伊織


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53.関優軍、誕生:再興の双翼

関優が地に伏したまま、荒い息を整えていた。

廠は木刀を肩に担ぎ、まるで散歩の途中で石をどけた程度の顔をしている。


「……どうだ、まだやるか?」


挑発ではない。

ただの確認。

それが逆に、関優の胸に刺さった。


関優はゆっくりと上体を起こし、膝をついたまま頭を垂れた。


「完敗です。陛下の御力、確かに見ました」


張凱が兄の肩を支えながら、廠を見上げる。


「兄者、もういいだろ。俺たちだけじゃ、呉に勝てるわけねえよ」


関優は唇を噛んだ。

その悔しさは、敗北そのものではない。


守りたかったものを守れなかった、長年の重荷が崩れ落ちる音だった。

廠は、そんな関優の肩に軽く手を置いた。


「お前が弱いんじゃない。状況が悪すぎるだけだよ。

 だから、漢中に来い。民も、お前も、張凱も。全部まとめて面倒見る」


関優は顔を上げた。

その目には、まだ迷いがあった。


「……俺たちが行けば、民はどうなる?」

「だから言ってるだろ。まとめて連れて行くって」


廠は、山の入口に並ぶ輜重隊を顎で示した。

兵たちは、慣れた手つきで食糧を配り、子どもたちに水を渡し、老人を支えている。


「漢中まで十日。

 だが、食い物は十分ある。

 山よりは、ずっと楽な道だ」


張凱が兄の腕を握った。

「兄者……もう、俺たちだけで背負う必要はねえよ」


関優は、長い沈黙の末に、深く息を吐いた。

「分かった。俺も、漢中へ向かおう。この者たちを頼みます」


廠は満足げに頷いた。

「任せとけ」


紅陽が静かに言葉を添える。

「漢中に行けば、衣も食も住も整う。民の心配は無い」


関優は、ようやく肩の力を抜いた。

「ありがたい」


----


翌朝。

山の集落は、久しぶりにざわめきに満ちていた。


荷をまとめる者、子どもを背負う者、老人を支える者。

近衛兵たちは、列を整え、歩きやすいように道を踏み固めている。


張凱は、廠のそばに立ち、何度も頭を下げた。


「陛下。姉上に会えるんですね」


「会えるよ。あいつ、心配してたからな」


張凱の目が潤む。

その横で、関優はまだ複雑な表情をしていたが、昨日の険しさは消えていた。


「陛下」

「ん?」

「……俺は、呉への恨みを忘れたわけではありません。だが、民を飢えさせてまで戦うつもりもない。漢中でもう一度考えます」


廠は笑った。

「それでいいよ。 戦いたいなら、戦えるようにしてやる。選ぶのは、お前だ」


関優は、胸の奥が軽くなるのを感じた。


----


山を下りる列の先頭に、廠と紅陽が立つ。

その後ろに、関優と張凱。

さらにその後ろに、百を超える民が続く。


山風が吹き抜け、木々がざわめいた。

廠は振り返り、民の列を見渡した。


「よし、行くぞ。 漢中は遠いけど、まあ、なんとかなるさ」


紅陽が苦笑する。


「陛下は、いつも楽観的ですね」

「楽観的じゃなきゃ、皇帝なんてやってられないよ」


関優と張凱は、そのやり取りを聞きながら、思わず笑った。


こうして、山奥の集落は、長い孤立の時代に幕を下ろし、新たな道を歩み始めた。


----


漢中の城門が見えてきた頃、張凱は歩みを遅くした。

胸の奥がざわつく。

山での飢えも、戦いの緊張も、兄との葛藤も越えてきたのに、姉に会うとなると、足がすくむ。


「どうした、張凱」

廠が振り返る。


「……いや、その……」

言葉が出ない。


宮殿の前に着くと、すでに織が待っていた。

風に揺れる衣の裾。

凛とした姿勢。

だが、その目は、弟を探す姉の目だった。


張凱は、息を呑んだ。


「……姉、上……?」


織の目が大きく見開かれた。


「凱……?」


次の瞬間、織は駆け寄っていた。

普段は決して崩さないはずの威厳も、立場も忘れて。


張凱は、動けなかった。

ただ、織が自分の肩を抱きしめる感触だけが、胸に染み込んでいく。


「生きて……生きていたのね……!」


織の声が震えていた。

張凱は、ようやく腕を上げ、ぎこちなく姉の背に触れた。


「……ああ。 姉上こそ……元気そうで……」


言いながら、張凱の目にも涙が滲む。


----


少し離れたところで、廠が腕を組んで見ていた。


「よかったなあ、織、張凱」


紅陽が静かに頷く。


「皇后様は、ずっと気に病んでおられましたから」

「まあ、これで一つ片付いたな」


廠は、どこか満足げだった。


----


織は張凱の肩を掴んだまま、真っ直ぐに見つめた。


「どうして……どうして生きているなら、来なかったの。ずっと、ずっと探していたのよ」


張凱は、視線を落とした。

「……宮殿に行ったんだ。でも、追い返された。そんな者は知らぬって……」



織の表情が一瞬で険しくなる。

「黄皓……!」

廠が後ろで「だろうな」とぼそりと呟いた。


織は深く息を吸い、張凱の手を握った。

「もう大丈夫。もう、誰にもあなたを追い返させない。ここは……あなたの帰る場所よ」


張凱は、堪えきれずに涙をこぼした。

「……姉上……」

織は、弟の頭をそっと抱き寄せた。

「帰ってきてくれて……ありがとう」


----



夕陽が宮殿の壁を赤く染める。

その光の中で、姉弟はしばらく昔話に花を咲かせていた。


廠は、紅陽に小声で言った。


「……よし、俺たちは邪魔にならないように、ちょっと離れるか」


紅陽は微笑んだ。

「陛下、珍しく気を遣われますね」

「当たり前だろ。あれは、家族の時間だ」


二人は静かにその場を離れた。


張凱と織は、ようやく取り戻した絆を確かめるように、長い別れの年月を埋めるように、ゆっくりと語り始めた。


----


夕陽が沈み、宮殿の回廊に灯がともり始めた頃。

廠は、紅陽を伴って静かに歩きながら、ふと足を止めた。


「……そろそろ呼ぶか」

「関優と張凱を、ですか?」

「ああ。あいつら、これからどうするか決めないといけないだろ」

紅陽は頷き、近衛に声をかけた。


----



ほどなくして、関優と張凱が姿を現した。

二人とも、まだ旅の疲れが抜けきらない顔をしている。

だが、山にいた頃の険しさは薄れ、どこか落ち着いた色があった。


「陛下、お呼びと伺いました」


関優が膝をつき、張凱もそれに倣う。

廠は手を振った。


「そんなに固くなるなよ。立て立て」


二人が立ち上がると、廠はゆっくりと彼らを見渡した。


「お前らさ。山でずっと民を守ってきたんだろ?」


関優は静かに頷く。


「……はい。俺たちにできるのは、それだけでした」


「それだけ、って言うなよ。 民を守るってのは、軍の根っこだ。お前らは、もう十分“軍”だったんだよ」


関優の目が揺れた。

張凱も、兄の横で息を呑む。


廠は続けた。


「関優、一軍を率いて、蜀軍に参画せよ。お前を隊長にする。張凱、お前は副将だ」


二人は、言葉を失った。


----


「……陛下。 俺は、呉に家族を殺されました。 恨みを捨てたわけではありません。

 そんな俺が、軍を率いてよいのですか?」


廠は、少し笑った。


「いずれ、荊州も攻める。ひいては、揚州もだ」

「それは…」

関優は拳を握りしめた。

「漢は、ひとつにならなければならない。呉だの魏だの、そんなものは認めん」

「陛下…」

「荊州攻めには、お前の軍を連れていく」

「俺に、務まるでしょうか」

「務まるかどうかは、お前が決めることじゃない。俺が決めることだ。そして俺は、お前なら務まると思ってる」


その言葉は、山で背負ってきた重荷をそっと外すように、関優の胸に落ちた。


---


張凱が一歩前に出た。


「陛下……俺も、兄者を支えたい。姉上を守るためにも、強くなりたい。 どうか俺にも務めをください」

廠は満足げに頷いた。

「言われなくても、お前は副将だ」

張凱の顔が赤くなる。


---


紅陽が静かに口を開いた。


「陛下、新たな軍を編成されるのであれば、名が必要かと」


廠は少し考え、関優を見た。


「関優軍でいいだろ」


関優は驚き、深く頭を下げた。


「陛下……身に余る名です」


「いいんだよ。 お前が率いる軍なんだから、お前の名でいい。 ただし」


廠は指を一本立てた。


「敗れるなよ。それだけは、絶対に忘れるな」


関優は胸に手を当て、深く誓うように言った。


「はっ。」


張凱も続ける。


「兄者と共に、必ず……!」


----



「よし。じゃあ明日から忙しくなるぞ。

 兵の選抜、訓練、装備の支給……全部やらなきゃならん」


紅陽が苦笑する。


「陛下、また思いつきで……」

「思いつきじゃないよ。必要だからやるんだ」


関優と張凱は、顔を見合わせた。

山での孤独な戦いとは違う。

背負うものは増えるが、支えてくれる者も増える。


二人の胸に、静かな火が灯った。


こうして、関優軍は誕生した。


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